前回の続きです。皇冠のオフィスの七階で行われた御大と入賞者のお茶会が終わったあと、一行は台北市内のレストランへとタクシーで移動しました。さて、ここまでのレポートで言及していなかったのですが、実は今回、御大のほか、日本からはシークレット・ゲストとしてある日本の本格ミステリ作家が訪台するという情報がありまして、授賞式の前日まで台湾ミステリファンの間では誰だ誰だということで大変盛り上がっておりました。
「御大の現在の交友関係から考えるに、その作家っていうのは名前の中に数字が一文字入っている人だナ」とか「数字が入っているとすれば、その数字は一番前にあるのか、それとも一番後ろなのか」等等、――で、ゲストは誰だったかというと、柄刀一氏でありました。つまり、「数字が後ろ」の方が正解だったわけですが、御大は勿論のこと、皇冠のスタッフや今回の島田荘司推理小説賞の関係者が「次は是非とも数字が一番最初にある作家の訪台も」という期待を寄せていた、というのは裏話。
皇冠編集者の才媛Cindy孃の案内で101などの市内観光を終えたあと、授賞式に参加された柄刀氏もこのディナーにくわわり、また島崎御大のほか、二次選考委員でもあった景翔御大なども駆けつけ、今回の賞の成功を祝して乾杯が行われました。
まずは御大のスピーチでありますが、授賞式のスピーチでも述べていた「アジア本格の時代」があらためてクローズアップされるとともに、台湾ミステリがなぜここまで急速に発展しえたのか、というその理由について御大の考察が語られました。
2004年に発表された台湾ミステリの代表作といえば、藍霄氏の「錯誤配置」や冷言氏の「上帝禁區」などが挙げられますが、こうした「ポスト新本格」ともいえる作風から、今回の島田莊司賞受賞作である寵物先生の「虚擬街頭漂流記」における二十一世紀本格的な作風まで、たったの五年間で一気に飛躍してみせた台湾ミステリの底力には、御大曰く、二つの要素が考えられる、ということです。
まずひとつは、匿名によって他人を指弾するような「文化」が、日本に比較すると台湾には希薄である、ということ。そしてもうひとつは、自分とは違うものを排斥しようとする「異端審問官」の不在である、と――。実際、この二つが複合すると、自分とは考えの異なる人間をたとえば「通りすがり」やら何やらの匿名を装って「プロに対する礼儀を知らない」だの「管理人氏がどれだけ台湾ミステリに詳しいか知らないけどさあ」なんていうようなイヤミったらしい言葉を掲示板や素人のブログに吐き散らすという、見るも淺ましい所行に出る輩も出現するわけで、そうしたところが現在の台湾にはない、というのが、こうも短い期間で台湾ミステリがここまで発展しえた要因ではないだろうか、――というのが御大の考察です。
アジア本格という「アジア」から世界へと飛躍しようとするこれからの本格ミステリのあるべき姿を考えると、確かにそうした「異端審問官」の陰湿な動きには目を配っておくべきかもしれません。しかし、これはあくまで個人的な感想ではありますが、こと台湾ミステリにおいてはそうしたものは、現在のところはないのではないか、と楽観視しています。
台湾推理作家協会のメンバーの多くが今回の賞に自作を投じたわけですが、何でも彼らは一次通過作品の發表前にも、そうやって自分たちの作品をメンバー間で回し読みしながらお互いに批評し合っていたとのことで、良い意味でのアマチュア精神が彼らの創作活動を支えているという、台湾ミステリならではの文化があります。プロとアマを厳格に区別することなく、「良いものは良い」と認めようとするこうしたところを見るにつけ、彼らにはこのまま初心を忘れずにさらに傑作を生み出していってもらいたいと願わずにはいられません。
……などと、御大のスピーチを聞きながら感慨に耽っていたわけですが、個人的にもっとも感動的だったのは、「ぼくは台湾ミステリはまだまだだと思う。日本に追いつくにはあと十年は必要だな」と二年前に会ったときにはおっしゃっていた島崎御大と島田御大が「これからは二人三脚で台湾と日本のミステリを盛り上げていきましょう」とガッチリと握手を交わし、さらには抱き合い、日台ミステリのますますの発展を誓い合ってくれたことでありました。
藍霄氏の「錯誤配置」や冷言氏の「上帝禁區」の、「島田荘司―綾辻新本格」の直系ともいえるその風格と実力に初めて出会った時の感動を熱っぽく語ったときには「台湾ミステリの実力はまだまだ」とおっしゃっていた島崎御大でありましたが、その後、御大は冷言氏など若手作家の育成に尽力され、それはたとえば今年になって冷言氏の「鎧甲館事件」として結実した、――ということは台湾ミステリのファンであればご存じの通り。
ちなみにこの「鎧甲館事件」は、「玻璃の家」に先驅けて「相貌失認」を扱った長編本格ミステリでもあり、その先見性と、島崎御大のアドバイスによって「失楽」ふうな連関構造を持ったミステリへと構築された点など、「上帝禁區」と同様、日本の新本格ファンも十分に愉しめるであろう作品です。と「鎧甲館事件」をアピールするため、ここでは貴重な写真を紹介しておきましょう。タイトルはさしずめ、「綾辻氏、「鎧甲館事件」を手にして」といったかんじになるでしょうか。
授賞式の会場で話をしたときには「ぼくはもう歳だから」なんてことを口にしていた島崎御大でありますが、日台ミステリの交流はまだ始まったばかり。このディナーには受賞作を出版する中国の青馬文化、そしてタイの南美出版の社長も同席しており、島崎御大のタイ進出計画が半分冗談、半分本気で語られた、――というのもまた裏話。しかし島田御大の「占星術殺人事件」「異邦の騎士」をはじめ、近作の二十一世紀本格といった最先端の日本の本格とともに、泡坂連城という至高の作品群がもしタイ語に翻訳されたら、――タイの本格シーンも凄いことになるんじゃないでしょうか。日本のミステリファンとしては期待せずにらはいられません。
さて、この翌日は、皇冠のビルで御大の講演とサイン会が行われたのですが、日本のサイン会とは異なり、若い女性ファンが会場イッパイに詰めかけた光景は新鮮というか吃驚というか、……次回はこのサイン会の様子をレポートできたらと思います。というわけで、以下次號。