「論理派」に繼ぐミステリー文学資料館編纂の第二弾。個人的には「新青年」をはじめとする懷かし風味の作品には現代本格的な技巧よりは、いかにハジけてキ印が大活躍しているかというところがキモだったりするのですけど、「論理派」と同樣、本作もそうした視點からも大いに愉しめる作品がテンコモリ、という素晴らしい一冊でありました。
収録作は、「情操派」と題し、警察に追われてオドオドする男の鬼気迫る犯罪告白を記した大下宇陀児「情獄」、夢野久作「押絵の奇蹟」、これまた奥樣の隱微な情事が恐るべき犯罪の引き金となる葛山二郎の「杭を打つ音」、孤島を壞滅に追いやったおぞましき奇病、瀬下耽「石榴病」。
兄萌え娘の恋文が明らかにするコトの眞相とは、橋本五郎「レテーロ・エン・ラ・カーヴォ」、自動車強盗とおぼしき事件とコロシが連關を見せる、延原謙「レビウガール殺し」、幽霊の存在という怪異を据えて怪談と探偵小説が美しき融合を見せる松浦美寿一「B墓地事件」。
續く「怪奇派」には、横溝正史の「面影双紙」、渡辺啓助「義眼のマドンナ」、浮氣妻の失踪の顛末を語るキ印旦那のハゲしい告白、妹尾アキ夫「本牧のヴィナス」。
そして「幻想派」には、幼少期の回想とリアルを二転三転させてキ印の変態心情を美しき物語へと昇華させた、水谷準「胡桃園の青白き番人」、外人の空中浮遊を目撃した語り手がストーキング行為を働いた挙げ句に一人の男の精神を崩壞させる、城昌幸「ジャマイカ氏の実驗」、稻垣足穗「リビアの月夜」の全十三編。
「押絵の奇蹟」、「面影双子」といった定番ものは勿論なのですけども、やはりあちらの世界へとダイブしていくキ印のハジケっぷりが素敵な作品の方が個人的には印象に残る譯で、そんななかでは「幻想派」にカテゴライズされつつも、結局描かれているのはキ印、というカマトトぶりが光る水谷準の「胡桃園の青白き番人」がいい。
語り手と件のキ印は幼なじみで、ここに彼らのお姫樣たるヒロインを据えて物語は昔の回想と今とを語りながら展開していくのですけども、このキ印ときたら幼少期の頃から、
「綾ちゃんは女王だよ。僕が王様だ。淳ちゃんは総理大臣、ね、いいだろ、淳ちゃん? そしてあとは腰元と、御附の武官。――これから王樣と女王樣は森の方へ狩猟に出かける。おい、家来ども、鉄砲の用意をしろ」
と一見するとおとなしいフツーぶりを裝っておきながら、華麗なるジャイアニズムを発揮。自分を王様、ヒロインを女王樣にしているところから、このキ印がガキの頃から彼女にベタ惚れであることは明らかになのですけど、あるとき彼女の親父が仕事でヘマをしでかしたところで一家は遁走、以後、行方知れずとなってしまう。しかしおフランス帰りの語り手が偶然、大人になった彼女を見かけて、――というところから、この邂逅がトンデモない展開へと轉がっていきます。
キ印は仕事もマトモに出來ない落伍者で、タイトルにもある胡桃園の管理をしているだけのグウタラ男かと思っていると、件の園の番人たる意想外な所以が明かされてジ・エンド、かと思いきや、最後には幻想的な狂氣がリアルの悲劇へと反轉するという結構が素晴らしい。まさかキ印のオチだけで終わりかと思っていたので、だめ押しとばかりに開陳された最後の眞相には完全に口アングリ。キ印の悲哀と悲劇を語りの中心に据えながら、最後は語り手の意思表明で締めくくる幕引きも餘韻を殘します。
何しろこの時代でありますから、情事、不倫、色恋沙汰が犯罪動機に大きく絡んでいるのはお約束で、その中では大下宇陀児の「情獄」がいい。これまたトンデモないことをしでかしたとおぼしき語り手のせっぱ詰まったような告白から始まるのですけど、親友の妻に惚れてしまったという男がいったい何をしでかしたのかが徐々に語られていきます。
この鬼気迫るような脅迫的文体で語られる犯罪告白に、警察がすぐそこまで自分を捕まえにきている、と焦った調子で何度も何度もシツコイくらいに繰り返すことで、ひとり勝手にサスペンスを盛り上げている空回りぶりもステキなのですけど、男が見事、犯罪をやり仰せたあとになって、まったく意想外の事實が明らかにされるという後半から、男が奈落の底へと堕ちていき――、という展開には些か同情してしまいましたよ。
仕掛けの技巧においてはアンマリ期待はしていないといいつつ、橋本五郎「レテーロ・エン・ラ・カーヴォ」には見事、騙されてしまいました。手紙の、それも片側の内容だけを並べていくという手法は夢野久作などの當時の作品でも定番ながら、本作の場合、兄に萌え萌えな娘っ子の手紙がこれまた素晴らしくハマっていて、兄萌えの妹というゲスの勘ぐりを促しつつ、手紙のフォーマットに可能な限り意識を向けさせないという、讀者のエロい心境を逆手にとった技法が絶妙な效果を発揮しています。
松浦美寿一「B墓地事件」は、幽霊という怪異の存在に對する立ち位置がうまく、物語はこの怪異の眞相を探る視點を見せつつも、リアルの事件とその怪異との因果を繙いていくという物語で、その結構が何やら実話怪談を彷彿とさせます。指を結わえるという行為と男の死因との微妙な「ずれ」など、その因果の中の割り切れなさが讀後、妙な居心地の惡さを感じさせるところも怪談風味で、うまいな、と思いました。
情操、怪奇、幻想と、仕分けをしているものの、このあたりはあまり気にせずに、この時代ならではの、情操怪奇幻想のゴッタ煮ぶりを愉しむのが吉、でしょう。「論理派」と同樣、キワモノマニアには大いにオススメしたいと思います。