大石版ロリータ「檻の中の少女」に續いて、本作でも蠱惑的な美少女が登場、さらには妖艶な人妻や女子大生と、よりどりみどりのキャラ布陣にも拔かりなく、異国情緒溢れる横浜の街を異界に変えてしまう大石魔術も絶好調、同じ光文社文庫の「水底から君を呼ぶ」と同様、叙情的な筆致の際立った風格も素晴らしい一冊でありました。
本作では近作の「檻の中の少女」や「人を殺す、という仕事」のように、メインキャラの視點からじっくりと彼らの内心を書き出していくとというよりは、大石ワールドでは定番の気弱君を主人公に据えつつも、各のキャラの語りや描写を併置する結構が際立ってい、過去作でいうと何となく「自由殺人」などに近い印象を受けます。
しかし本作が大きく異なるのは、複数人の登場人物の慟哭、悲哀を平行して描きつつも、その密度が半端ではないところでありまして、平易にして時に詩的な文体によって紡ぎ出される彼ら、彼女たちの内心がじっくりと描き出されているところに注目、でしょう。基本的には主人公である気弱君や、女奴隷のいずれに感情移入を行っても物語の核心にドップリと浸ることが出來るのではないでしょうか。
タイトルからして大凡のあらすじは明らかでありまして、要するに奴隷となって売られていく女たちと彼女たちを競り市に出すエージェント側の人間たちの物語。クライマックスに件のオークションの場面を据えて、前半にはこのおぞましい奴隷売買の実態を明らかにしていくとともに、女たちが奴隷として売られるにいたったアンマリな所以が描き出されていきます。
主人公となる気弱君はこのエージェントの一人で、こちら側には他にも中年女やデブ男など、それぞれに心の闇と優しさを兼ね備えた人物であるところもステキで、調教師と呼ばれる男でさえも単なるワル男キャラではないところなど、彼ら登場人物たちの造詣も素晴らしい。
一方の女奴隷は、盲目のカーマ・スートラ女に、斜陽女子大生、さらには悪辣野郎の人妻の三人。この中でもっとも枚数がさかれているのが盲目のカーマ・スートラ女で、主人公である気弱君との心の交流が濃密に描かれています。犬が猫に、珈琲が酒になってはいるものの、この気弱君のキャラ造詣は大傑作「アンダー・ユア・ベッド」以降、大石ワールドの主人公としては定番ともいえるものでありますから、大石ファンであればまず安心して愉しめるに違いありません。
彼らとともに描かれる脇役とその逸話も、時におぞましく、また時に悪魔的で、特に中盤に登場する湘南在住のサド爺はその中でも最凶ともいえる素晴らしさ。後半には「絶対にこうなってほしくない」という讀者の不安にこたえるかたちで絶望的な展開へとなだれ込んでいくところなどまさに容赦なし、ともいえる惡魔主義には思わず悲鳴をあげたくなってしまいます。
この絶望的な展開を最上級に盛り上げているのが、調教師と人妻とのやりとりでありまして、この調教師の優しい台詞によってスッカリ心を入れ替えた人妻が嗚呼、――というダウナーに過ぎる流れ、さらにはカーマ・スートラ娘に比較すると控えめな登場しかなかった斜陽娘もコンボであんなことになってしまうというおぞましさは、絶望的、という意味では大石小説史上、個人的には最凶ではないかと思うのですが如何でしょう。
とはいえ、個人的にもっともゾクゾクさせられたのは、スタント娘が調教師に調教されるという逸話で、調教後と女の振る舞いをさりげなく描きつつも、これがまたこの後に描かれる調教師と人妻のエピソードを補完する役割も果たしているところなど、脇キャラたちの逸話がシッカリと物語の中心に絡んでくるところなど、その構成もまた完璧。
サド爺に鞭、監禁調教とかの逸話もテンコモリだったりするので、深山幽谷とかの監禁、陵辱、調教エロスが大好き、という奇特な方も愉しめるのではないでしょうか。絶望的でありながら、今回ばかりはどう転んでも「人を殺す、という仕事」のようにハッピーエンドへと解釈することが不可能ゆえ、個人的には三人の奴隷のその後が気になって気になって仕方がありませんよ。