ミステリだけではなく、ふしぎ小説やロリコンエロスなど、バラエティに富んだ短編を収録した一冊で、特に後半のブッ飛んだ展開にはチと吃驚。
収録作は、開かれた密室殺人に「犯人当て」という結構から本命の仕掛けを隠し果せた趣向が素敵な「ガラスの檻の殺人」、これまた同様に絵画盗難未遂事件の「犯人当て」を一人語りの構成で見せる「壁抜け男の謎」、被害者の名前からアリバイ崩しを見事にずらして見せたトリックとバカミス的な奇想が痛快な「下り「あさかぜ」」。
ゴリ押しのワンアイディアと逸話の眞相を連關させた「キンダイチ先生の推理」、「獄門島」の見立て殺人という悪ふざけにこれまたバカらしい眞相がマッチしている「ミタテサツジン」、自作を絶賛してくれた評論家を殺そうとする作家の狂氣がハジけまくる「屈辱のかたち」、虎キチ屋敷での首無し死体に脱力の眞相が明かされるバカミス「猛虎館の惨劇」。
メタ的趣向で見事なふしぎ小説へと仕上げた異色作「Cの妄想」、ミステリ作家の手になるからこその、逆説的なオチが光る「怪物画趣味」、ロボット社会を舞台にしたSF的物語の結構に凝らした仕掛けが光る「ジージーとの日々」、男と女、それぞれの内心を巧みな構成で描き出した掌編「震度四の秘密」、ロリ魂に目ざめた男のノスタルジックな幻想譚「恋人」など、全十六編。
前半はごくごくフツーに愉しめるミステリ、後半にはミステリという枠からは離れて様々な風格を堪能できるという構成で、冒頭「ガラスの檻の殺人」と「壁抜け男の謎」は「犯人当て」を目指したものながら、寧ろフーダニットを前面に押し出しつつ、その犯行を構成するハウに有栖川氏らしい巧みの技が堪能出來る物語です。
特に「ガラスの檻の殺人」は開かれた密室を開陳しながら、その実、最大の力点は凶器の消失にアリ、という構成がいい。状況から考えて土屋御大の傑作であるアレみたいな、――と頭を働かせてはみたものの、当たらずとも遠からずというところでボンクラの自分は結局眞相にはたどり着けず。
一方、「壁抜け男の謎」は、「ガラスの檻」とは逆に、フー、ハウよりも最大の眼目たるホワイに關しては容易に眞相へとたどり着けることが出來るゆえ、驚きという点では「ガラスの檻」には劣るものの、本作の場合、一人語りで讀者に謎かけを行う構成が小気味良い雰囲気を出しているところがいい。
「下り「あさかぜ」」は鮎川御大へのリスペクトにしてもやりすぎですよ! というほどのハジケっぷりに苦笑してしまう一編で、ガイシャの名前がアレだったり、はては容疑者がアレだったりと、アレづくしで事件の概要が語られた後に、御大の風格らしくシッカリと時刻表を掲載してアリバイ崩しへとなだれ込む構成かと期待していると、ものの見事に想像の斜め上を行くバカミス的仕掛けで唖然とさせられる一編です。このバカバカしさ、個人的にはかなり愉しむことが出來たのですけど、案外眦を吊り上げて怒り出すマニアもいるやもしれません。
「ミタテサツジン」と「キンダイチ先生の推理」はいずれも横溝御大へのオマージュを感じさせる作品ながら、バカバカしさでは「キンダイチ」の方が上。「獄門島」を真似っこした見立て殺人が開陳されるものの、最後には歪んだ共犯関係をもとにした事件の構図が明らかにされるという一編で、どこかスッ惚けたキャラたちと相まってこの眞相の脱力ぶりを支えているところが面白い。
「屈辱のかたち」は、スランプ作家の作品を絶賛した評論家が譯も分からずに拉致られた末に酷い目に遭うという物語。作品をケナしたのであればまだしも、作品を褒めてこんなひどい目にあうとはこれいかに、と訝る評論家に対して作家がコトの眞相の語り始めるのだが、――。
絶賛した評論家に復讐する動機の顛倒ぶりが素晴らしいのですけど、この作品についてはあとがきに有栖川氏のコメントがあって、
「屈辱のかたち」を読んで、「有栖川はよほど評論家が嫌いなんだなと」思われたなら、とんでもない誤解だ。作品ができあがる経緯や背景について、「本当のことは評論家には判らん」と言いたいのではない。「読者にも同業者にも判らん」と言いたいのだ。作者や時代の無意識を持ち出しても駄目。
特に「時代の無意識」という言葉あたりに、赤い鳥の囀り以後の顛末を思いうかべてニヤニヤしてしまう譯ですけども、こうしたリアルの側面と照応させずとも、何ともブラックな顛倒を見るだけでも十分においしい一編でしょう。
で、もっとも吃驚したのが、「恋人」で、テーマはエロといいつつ、確かに作中でエッチしているカップルが描かれるものの、寧ろそうしたあからさまなエロは控えめで、ロリ趣味とフェチ嗜好にアリス流ノスタルジーを織り交ぜた風格が素晴らしい逸品で、個人的にはまさに偏愛したくなる一編です。
確かに冷静に讀めば、青年期に一人の少女に出会ったばかりにロリコン魂に目ざめてしまった不幸な男の、マトモに女を愛せないリアルから逃避の物語、でしかない譯ですけども、これをいつになく気取った文体のモノローグに纏めている戦略が見事で、このやや耽美に傾いた気取り具合がノスタルジックな物語世界を引き立てています。
そして語り手がエッチシーンを目撃するところを物語の転換点に据えて、心の奥底に溜めていた暗黒を吐きだしていく後半の展開も隠微でいい。このフェチ嗜好もこれまた冷静に考えれば何だか平山ワールドの登場人物みたいでウップ・オエップなんですけども、ただただロリ娘を美しく描くだけではないところにも、ナボコフ的な雰囲気が横溢していて素晴らしい。あからさまなエロに流れずに、ロリとフェチを用いてあるところなど、個人的には隠微な幻想譚としてもオススメしたい一編でしょう。
本格風味の作品よりも、後半のふしぎ小説的な作品も方が、あの有栖川氏が書いたというう驚きも含めて愉しめる一冊で、「怪物画趣味」の奇妙にねじくれたオチなども、ミステリ作家が描き出したからこそ味わい深く、そうした意味では有栖川氏の本格ミステリが好きな人の方が、意外や従来の作風とのギャップと綱渡りを味わうことが出來るかもしれません。