ふしぎ文学館シリーズ最新刊。今回も新保氏セレクトによる強力な一冊で、まさに小池真理子恐怖小説傑作選と名付けても良いくらいの出來映えです。
収録作は、奇妙な夢見から壮大な時空劇を紡ぎ出す掌編「くちづけ」、自分が嫌いな輩が次々と消えていくという怪異のおぞましき眞相「神かくし」、日常のイヤ話が怪異の語りへと轉じる結構が素晴らしい「しゅるしゅる」、個人的には小池版怪談の中ではピカ一に怖すぎる例のヤツ「康平の背中」。
物言わぬ兄の首が現れるという怪異を上質の幻想譚へと仕上げた「首」、時空のねじれと夢見の混交がふしぎな餘韻を殘す「ディオリッシモ」、ボーイの世話をするオバハンの語りに意想外の仕掛けを凝らして読者を唖然とさせる「生きがい」。
ピアノを習いに来た娘っ子が實は幽霊、という奇妙なお話に不気味さを添えた上質怪談「ミミ」、親友が幽霊となっても訪ねてくるという黒いお話「親友」、父の愛人とお手伝いさんなど女の情念を語り手の視点に託しておぞましい怪談へと仕上げた「鬼灯」、日常の裂け目からやってくる怪異にベタなネタが光る「車影」、人死にのときに現れる奇妙な蛇口が主人公を恐怖に陷れる「蛇口」、死に神犬に魅入られたダメ男の怖すぎる体驗「災厄の犬」など全部十四編。
例の台詞で讀者を恐怖のドン底へと突き落とす「康平の背中」など、定番ともいえる怪談もシッカリと収録されていて、冒頭の掌編「くちづけ」から最後の「災厄の犬」までノンストップで恐怖を盛り上げていくという構成ゆえ、どこから手をつけてもマッタクのハズレなしというセレクトが素晴らし過ぎます。
「くちづけ」は、いきなり不可解な夢見のシーンから幕をあけ、そのあと、夢から覚めた語り手の今が冒頭の夢の情景と強烈な連關を見せた刹那に、壮大な物語の始まりが明らかにされるという結構で、これだけの短い掌編に纏めたからこその引き算の美學が秀逸です。
あとがきによれば、小池氏は「しゅるしゅる」と「蛇口」は「拙さが目立ち、気恥ずかしい」なんて謙遜しているのですけど、こと「しゅるしゅる」に關しては、傑作「康平の背中」と同樣の結構で最後に恐怖度をマックスに盛り上げる技巧など、個人的には相當にゾッとさせられた一編です。
仕事がうまくいかないという話が語られ、このままフツーのイヤ話で終わるのかなア、なんて油断していると、冒頭にサラリと言及された家政婦が唐突に奇妙な話を始めて、――というお話です。
前半に主人公の今が淡々と語られていき、とあるきっかけで唐突にそれが怪談へと姿を変えていくという構成がいい。後半に展開される恐怖譚とは一見何の關係もないと思われる前半の描寫は、言うなれば読者を恐怖の物語へと引きずり込むための地ならしとでもいうべきもので、そこから読者の油断を誘って唐突に怪談としての結構へと流れていくところなど周到な構成もいうことなし。
「しゅるしゅる」では、何だかトーマス・オーウエンのアレみたいな不可解なブツのことが家政婦の口から語られていくのですけど、この次第に不安を煽っていく物語がいったいどういうところへ着地するのかと思いながら讀み進めていくや最後にその不可解なブツと聞き手が強烈に連關して、前半のイヤ話の意味が明らかにされていくというところもイヤーなかんじ。さらに話が終わったあとの餘韻、というか余白も恐ろしく、このあたりのさりげない描寫も本當にうまいと思います。
死んだ兄の首が突然現れるようになって、――というふしぎなお話「首」は、語り手と怪異の源泉たる首との距離感から怖さがうっすらと立ち上ってくる風格で、怪異そのものに何ら恐怖を感じていないという語り手の立ち位置を、物語の外にいる讀者から眺めるに何かいいようのないおぞましさを感じてしまいます。宇佐美まこと氏の傑作短編「るんびにの子供」もそうでしたけど、こうした理を離れたところで怪異との距離感が生理的なおぞましさを釀し出すという風格に、やはり女流作家ならでの資質もあるのかなア、などと感じた次第です。
「生きがい」は「語り」に仕掛けを凝らした一編で、まさかこんなテで來るとはまったく予想もしていなかったのゆえ完全に無防備で、見事に騙されてしまいました。語り手の自我崩壞が炸裂する最後のオチを淡々と描き出しているところに、これまたゾッとする餘韻を殘した佳作でしょう。
仕掛けという點では「ディオリッシモ」も、幻想とリアルが混交した曉に時空の捻れが立ち現れるという構成で、幻想と現実と裏表に反轉を凝らした技巧が光ります。
小池氏が自信作と述べている「親友」は、短いながらも、最後の一文が最高にゾーッとさせる一編で、親友が幽霊となっても家を訪ねてくるという、ブラックユーモアな味付けを感じさせる物語ながら、語り手の狂氣の論理のごとき着想をさらりと述べさせて幕とするところがいい。
描かない、という余白を最高に活かした構成で見せてくれる怪談のなかでは「鬼灯」が秀逸で、語り手、父の愛人、そして家政婦という女、オンナ、というオンナ盡くしの暗い情念が滿ち滿ちた物語で、やや唐突に始まる冒頭から、過去の記憶を繙いていく結構も完璧で、タイトルにもある「鬼灯」が怖さを引き立てる最後の情景も效いています。
とにかくあまりの濃厚ぶりにイッキ讀みすれば完全にお腹イッパイになってしまうこと請け合いという一冊で、ふしぎ文学館のシリーズ中、恐怖小説を中心に据えたものとしては広く受け入れられることの出來る傑作選といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。