そのやりすぎぶりで本格マニアを恍惚とさせた傑作「武家屋敷の殺人」に続く小島氏の新作。今回もまた「不可能状況の連打」という惹句にある通り、内臓抜き取られ死体に高山病のコンボでの密室状況から、包帯ミイラの密室に、密室から死体がドーンと、「密室」に拘り抜いた不可能状況が畳みかけるように読者の前へと呈示されるという慌ただしさながら、序盤からレブリミットという「武家屋敷」に比較すれば、非常に綺麗にまとまっています。
物語は工場にブッ込んだ車ン中から内臓が抜き取られた死体と高山病の死体がコンボで発見されるという、御大直系の度肝を抜く謎でまず読者のハートをガッチリと鷲・拙みにし、――今までの小島氏であれば、冒頭に怪異も添えた謎を隙間なく凝らしてそれを中盤に到らないうちに早々に回収する、――という様式であったところが、本作はややオーソドックスに、最後まで件の内臓抜き取られ死体と密室の謎はおあずけ状態。
とはいえ、続いて密室状態から死体がドーンと現れたり、酔っぱらいが目撃した包帯ミイラにミイラ密室と、一つのコロシにしっかりとトンデモ状況を添えて、順序立てて判りやすく物語が展開されていくところから、その「やりすぎぶり」が今回はやや控えめだな、と感じていたら、最後の最後にこうした、いかにも「整然とした」構成にも仕掛けがあったことが明らかにされるという巧緻な騙しが素晴らしい。
事件の時代背景もあるのですけれど、ヤンキー娘と刑事とのハートウォーミング(笑)なエピソードなど、いかにも「昭和」した人物描写が中盤、やや鼻につくな、と感じていたら、これまたシッカリとフーダニットの側面から読者をミスリードする仕掛けであったことが判明するところなど、「十三回忌」と同様、事件そのものに添えられたトリックはもとより、全体の構成にまで眼を配った仕掛けが鏤められているところも言うことなし。
外枠という点から見ると、本作では「十三回忌」同様、これまた意味深なプロローグが添えられているのですが、登場人物の名前も明かしながらその語り手の「私」に仕掛けられた中町センセ風のミスディレクションの外連も美しく、真犯人が判明した最後のシーンから再びプロローグへと戻ると、このプロローグのシーンで流されていた言葉の二重性に気がつき、真犯人の狂気と心の闇がよりはっきりとした輪郭を持って読者に迫ってくるという結構もいい。
多重解決の妙味をその「詰め込めすぎ」の結構にブチこみながらも、畳みかけるような推理の暁に、真打ちの探偵の造詣に託して悲哀の真相を明らかにする静的な幕引きが美しかった「武家屋敷」と同様、最後のシーンでもシッカリと余韻を添えているところも、トリックばかりではない、抒情と悲哀をも物語に添えてみせるという御大直系の風格を感じさせます。
また、不可能状況でそれが密室となれば、どうしても密室のハウダニットに傾斜した謎解きへと流れてしまうのが定番ながら、本作では寧ろ密室状況そのものにはやや距離をとりつつ、異様な状況、怪異にも見えるものが、推理の過程で次々と絶妙な伏線へと転じていく謎解きの見せ方が秀逸です。
その中でも、複雑な大技トリックは見せていないのに、細やかな仕掛けをタペストリーのように凝らして不可能状況を描き出した「硝子の密室」は、派手さこそないものの、謎を伏線へと転化させる見せ方が冴えています。
本作一番の大技となると、やはり内臓抜き取られ死体に高山病のコンボという最初のコロシになるわけですが、鬼畜フレーバーをふんだんに凝らした死体遊びと、現実離れしながらも科学的知識に裏打ちされたトンデモによって件の不可能状況がイッキに繙かれるところは、御大の作品でいうと「山高帽のイカロス」系、とでもいうべきか、このあり得ないトリックだけでも大満足。
「亡霊の密室」のミイラでも、密室状況そのものの謎解きを経るにつれ次第に明らかにされていく「密室だからおかしい」という「気付き」が、終盤で真相をひっくり返すためのフックになっているところなど、謎―推理の結構にも非常に繊細な技巧が凝らされています。
昭和テイスト溢れる登場人物のエピソードから、推理する側の意識を先読みして、あからさまなミスディレクションをフーダニットからハウダニットまで張り巡らせた全体の結構は、「武家屋敷」に比較すれば非常にまとまっているようにも感じられ、「武家屋敷」の詰め込みすぎぶりに頭がついていけなかったという小島ミステリのビギナーでも、本作は充分に愉しめるのではないでしょうか。
また冒頭から不可能状況を次々と開陳してイッキに回収し、またまた新たな謎をぶち込んで、――という「十三回忌」路線を極限まで突き進めていった、いうなればその様式の完成形が「武家屋敷」だとすると、本作ではこうしたインフレ状態から脱却し、あらたなスタイルを呈示しているようにも感じられるところが興味深く、次作もまた本作のような路線でいくのか、それとも「武家屋敷」へと回帰して、さらに不可能状況を五割り増しくらいにして読者を幻惑してみせるのか、気になるところです。
「十三回忌」、「武家屋敷の殺人」も含めた三作の中ではもっとも「判りやすく」纏まってい、小島ミステリの入門編としても大いにオススメ出來るし、その一方で、「整然」と複数の事件が並べられた結構が読者をミスリードする仕掛けにも繋がっているところなど、とにかくあらゆるものは騙しのネタにしてみせるという現代本格の風格もイッパイに感じられる本作、本格ミステリを愛するロートルのマニアから一般のミステリファンまで幅広く愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。