御大の北京イベント絡みで田原孃が出てきたので、ちょっとだけ取り上げておきます。とはいっても、日本語版もリリースされた「双生水莽」をこんなロートルのブログで取り上げようものなら、「水の彼方」は「セカイ」というキーワードで強力アピールされていることだし、若者世代から「ミステリについて語る資格もねえような六十年代生まれの馬鹿野郎が『セカイ』を語るなっつーの。ねっ、そうですよね? 笠井先生っ。そもそも前期ハイデガーにおける否定神学システムの構造、すなわち現存在の実存論的構造の分析においては……」なんてボンクラには理解不可能の引用も驅使して激しくハブられそうなので、今回は小説、映画、写真とともに田原孃活動の主軸のひとつをなす音楽の方を。
もっとも自分が田原孃を知ったのは小説ではなく、音楽の方からで、本作は彼女がボーカルとキーボードをつとめるバンド、跳房子名義のアルバム。音の質感はグランジっぽいギターに浮遊感のあるアレンジが大胆にくわわり、そこへ田原孃のアンニュイなかんじのボーカルが絡む、……というもので、英語の歌詞ということも相俟って、本作はグラン以降のロックの視点から聴き込むのが一般的ながら、自分は本作のプロデューサーである張亞東の音、という点から中華ポップスの良作として愉しみました。
自分のようなロートル世代にとって、張亞東といえばやはり王菲で、中でも二人の素晴らしい才能がいかんなく発揮された一枚を、ということになれば、「浮躁」を挙げることになるでしょう。
旋律を奏でるというよりは効果音的な質感を持ったギターにチープなドラム、そこへ夢見るような音空間を現出させる張亞東の巧みなアレンジが素晴らしい「浮躁」ですが、本作「希望森林」でもグランジの延長として把握可能な曲よりも、浮遊感を持った雰囲気を際だたせたもののほうが断然好みで、たとえば二曲目の「Soldier」。
けだるげな田原孃のボーカルから始まり、背後で鳴っているうねりのような効果音が左右を飛び交うなか、ギターが絡んでくる演出はもとより、明快なサビの部分がない破格の構成も素晴らしい。英語の歌詞ということもあって、このまま4ADのthis mortal coilのアルバムに入っていてもおかしくないような逸品です。
「A Faker」などは、田原孃の不安定なボーカルにドンドンと腹の響く單調なドラム、ときおり挿入されるギターの暗いアルペジオなどから、プログレマニア的には「Comus?」なんて言葉を洩らしてしまいそうな変態曲。もっとも中盤あたりから入るギターとチープなリズムボックスの絡みは張亞東カラーを感じさせます。
収録曲中、個人的に一番好きなのは「When I think of you」で、シンプルなピアノに合わせてこれまた装飾のない眞っ直ぐな歌唱で聴かせてくれる前半部と、躍動感のあるサビへと転じる構成が美しい一曲です。アコースティックな全体の構成から、夢見るような広がりを感じさせるエコーによってサビの部分がふっと立ち上がるところがいい。名曲でしょう。
十代とは思えない堂々としたアンニュイなボーカルがキモなアルバムの中にあって、「Fragile Inside」は、何となく青臭ささえ感じさせる投げやりな田原孃の歌声がいい。ここでもやはり裏で鳴っている甘いギターの装飾とピアノの短調がほどよいスパイスになっています。
「Soldier」のような透明感のある美しさの際だつ「Try to」は、哀しみを湛えたピアノの旋律に、どこか拙い、舌足らずなかんじのする田原孃のボーカルが切々と歌い上げるという風格で、ここから張亞東の「例の音」ともいえるギターのアルペジオの「Swim」へと移行する構成もいい。
「Swin」の歌は完全に語りで、エピローグにふさわしいと思っていると、突然入ってくる不穩な効果音、――このあたりの破格さがプログレマニアのツボだったりするわけですが、全体を聴けば、グランジ以降の洋モノっぽく聴くことも出來るし、英語の歌詞とはいえ、張亞東的装飾を眼イッパイに凝らした風格は、自分のようにコクトー・ツインズから王菲、王菲から張亞東を經由して本作にたどり着いたような奇特な中華ポップスファンのみならず、良質なポップスを所望の方も十二分に満足できると思います。オススメ、でしょう。
ちなみにいくつかの曲は田原孃のMySpaceで聴くことができます。