最高。タイトルこそ「処刑」なんて文字が入っててアレなんですけど、内容はというと大石氏にしては珍しいほど清々しい風格もあったりしてかなり意外。しかし純然たるバイオレンスを扱った異色作でありながら、大石ワールドならではの住人によって展開される物語、そして口淫の大盤振る舞いに「ああっ」「うぶっ、……うぶぶっ」の大放出と、熱帯魚にマンデリンがなくとも没問題、大石氏のファンだったらまず文句なく愉しめる傑作です。
物語を簡単に纏めると、網膜剥離で引退した元プロボクサーが地下闘技場のファイターとなって、宿敵クライング・フリーマンとの死合いに挑む、――という物語。
物語の骨格は基本的に上にも述べたようなマカオで行われる地下闘技場でのガチンコ勝負、――という、人を殴るといってももっぱらDV男のバイオレンスばかりの大石小説では異色ともいえるリアルファイトを扱った本作、しかしそこは大石氏でありますから、主人公の父は狂的な封建親父にして母親を理由もなく殴りつけるというDV男で、さらには主人公の姉も医者の男と結婚したものの、この旦那がまたキ印のDV野郎と、「アンダー・ユア・ベット」以降の定番ともいえるDV男もシッカリと御登場、さらには主人公の恋人となるエージェントの社長が年上のスレンダー美女で、……とここに大石ワールドならではの年上嗜好も添えていて、格闘ものという外観は持ちながらそのディテールに目を凝らせばもう大石小説でしかありえない、というファンサービスも素晴らしい。
また大石ワールドでは定番のDVがあれば当然、口淫もある譯で、今回は何しろ外見が格闘小説ゆえ、エロは少なめなんジャないの、なんていうかんじでファンからスルーされることを危惧してか、いつになく口淫シーンがテンコモリであるところも言うことなし。「朝までずっとしゃぶっててあげる」という名台詞をさらにパワーアップしたかのような言葉を囁く年上女性のエロスも最高で、「ああっ……いやっ……」「ああっ……ダメっ」「うぶっ……ぶむう」と悶えるシーンの盛りつけは通常の二倍増しじゃないかというゴージャスさ。さらにはこの気品さえ漂わせる年上女がその悔しさに「畜生っ……バカ野郎っ……」とアバズレな言葉を吐き捨てる場面もチャンと用意されていて、何だかこれはもう、今までの大石ワールドの集大成なんじゃないかという気さえします。
というのも、後半になると、主人公が最後に闘うことになる宿敵の出自が語られていくのですけど、この人物もまた「オールド・ボーイ」以降、大石氏がひとつのテーマにしていると思しきある宿業を抱えておりまして、この宿業を抱えた男女を、主人公と女エージェントの二人と対蹠させて、最後の決戦を盛り上げていく結構もいい。
これが格闘漫画だったら、外伝みたいなかたちでこの宿敵の半生を一編の長編にすることだって出來るんじゃないか、とさえ思えるのですけども、そうした重いドラマを後半にひとつの逸話として纏めながら、再び物語を主人公の方へと振り戻すことによって、讀者はもう、いったいどっちが勝つのか、大石小説ならではの「絶望的なハッピーエンド」はいったいどのような形で幕を閉じるのか、――と頁を繰る手は止まりません。
前半に幼少期からのエピソードを語っていくことで主人公の輪郭を描き出していくという大石小説では定番の結構を持ちながら、本作の主人公のキャラ立ちはやや希薄。主人公が地下格闘のエージェントに所属するファイターで、組織のボスが年上女で、その仲間のファイターがいて、という人物配置は「女奴隷」を彷彿とさせます。と、ここで、そういえば「女奴隷」の主人公も何だか影が薄かったなア、なんてことを思い出したのですけど、よくよくあの作品を思い返してみれば、主人公以上にその周囲の人物のドラマが壯絶であるがゆえ、相対的に主人公のキャラが後景に退いてしまっていたともいえる譯で、本作もそうしたところは「女奴隷」に似ています。
しかし、主人公以外の人物が抱えるドラマの重みは「女奴隷」を遙かに凌ぎ、特に最後の決戦へと・壓がる伏線ともなる女ボスと旦那の過去の逸話や、後半に明らかにされていく宿敵の宿業など、各の登場人物のドラマの重さが物語に厚みを添えていいく格闘漫画っぽい人物配置も堪りません。
興奮度、そしてエンディングの気持ちよさ、という点で、個人的には「アンダー」「殺人勤務医」「人を殺す」級の満足感を得られた逸品でありました。本のボリュームは今まで角川ホラー文庫としてリリースされた作品の中でも一番ではないかと思われるものの、いつも以上にイッキ讀みは必定、「格闘小説? 口淫とDVがない大石小説なんて……」というかんじで尻込みをされている方、勘違いなさらないように。「ああっ」「うむむっ……うむぅっ……」「うぶっ……うむうっ……」といったエロシーンの大盤振る舞い、さらにはマカオのカジノで大石氏自ら大負けを喫しての体当たり取材を敢行した成果もシッカリと活かされているゆえ、そのあたりもお見逃しなく、ということで、大石氏のファンであればまずマストといえる傑作です。オススメでしょう。