本棚の奥の奥から引っ張り出してきた角川文庫の半村本の一冊。角川文庫の半村本といえば、隠微で怪しげな杉本画伯のジャケも魅力のひとつだったりする譯ですが、本作の、ビットマップ処理された人型にナマケモノをあしらったデザインはややおとなしめ。
まだ中学生のガキの頃に手にして以来、頻繁に讀み返した記憶はないものの、内容の細かいディテールまでかなり正確に覚えていたことにはチと吃驚、――とはいえ、一番の驚きは、トンデモなSF的な奇想を凝らしたアイディアが炸裂するなか、巧みな伏線を凝らして堅実なミステリの結構に仕上げてあるところでありまして、前半に奇妙な自殺事件という謎を開陳してシッカリと「真犯人」まで用意してあるところなど、ミステリとしてもなかなかの出来映えともいえる一冊です。
とはいえ、やはり本作一番の見所は、管理社会の恐怖や黒幕政治家の暗躍、さらには戦後高度経済成長の暗部といった、半村ワールドの特色ともいえる濃厚な昭和風味を通底させた背景にSF的奇想が炸裂するその結構の素晴らしさでありまして、冒頭、主人公となる男とフィアンセの庶民代表ともいえる二人を登場させ日常的風景を描きつつ、それが東京に戻る途中の山道で濃霧に襲われるあたりからは次第に次第に非現実的な物語世界へとスライドさせていく技巧は秀逸です。
怪しげな研究施設で見つかった自殺死体に、譯知った様子で接する関係者たち、――という陰謀を想起させる人物構図とは対照的に、そうした暗部の秘密を知るであろう人物たちが揃って「いい人」だったりして、それがまた後半のおぞましい展開をより際立たせている構成もいい。
自殺事件に使われた「トリック」は、本作の奇想を早くも明かしてしまうことで、アッサリと解き明かされるものの、それによってとある人物の個人的な犯罪であることと思わせつつ、それがまた後半、とあるゲス野郎の奸計も絡んでいたところが判明したりと、これがミステリであればやや大袈裟などんでん返しとして描いてしまうところカモしれません。
本作の奇想は、今讀むと、SF的でありながらもその怪しさゆえに何だか妙に香山滋チックであるように感じられるところも再讀ならではの発見で、半村伝奇小説的に典型的な物語の大きな広がりこそないものの、ミステリ風味を凝らした盤石の結構によってSF的な奇想とサスペンスを結実させた佳作、といえるのではないでしょうか。
本作は一時、ハルキ文庫で復刻されたものの、その後が續かないところは残念至極、最近半村本を復刊している河出あたりで再び出してくれないものかと期待してしまうのでありました。