「本格ミステリ08 2008年本格短編ベスト・セレクション」に収録されていた「見えないダイイングメッセージ」の印象があったため、北山ミステリの風格とされる奇怪な物理トリックからはやや離れた風格かと思っていたら大間違い、「城」みたいな壮大な仕掛けが炸裂するものではないとはいえ、それでも北山氏でしかありえないような趣向が冴え渡る作品集でありました。
収録作は、トランプをばらまく奇怪な人物の暗躍が不可解な密室殺人を引き起こす表題作「踊るジョーカー」、金持ち屋敷で時計が次々に紛失する奇妙な事件の裏に隠された眞相とは「時間泥棒」、「見えないダイイング・メッセージ」、一人を狙い撃ちにする毒殺事件に北山ミステリならではの仕掛けが炸裂する「毒入りバレンタイン・チョコ」、珍妙な婿選びにヒョンなことから巻き込まれてしまった探偵たちが雪だるまのコロシに挑む「ゆきだるまが殺しにやってくる」の全五編。
まずもって表題作の、バカミス的ともいえるトリックの微笑ましさにニヤニヤしてしまうのですけども、事件の様態そのものは、ガイシャの前にトランプをばらまくJOKERの暗躍があってそれが密室殺人へと・壓がっていくというもの。ヒッキーでニートの名探偵が強引ワトソンにけしかけられるものの、そのモジモジぶりがあまりに激しいゆえ、トランプを小道具に使った怪人とおぼしき人物の暗躍に密室殺人のコンボとあれば、事件を聞きつけたお嬢様探偵が途中から出しゃばってくるんじゃないか、――なんて心配をしてしまうほどのベタな展開ながら、ここで使用されているトリックの趣向が微笑ましい。
勿論、現代本格的な視点で見れば、密室殺人を標榜しつつも密室のハウからのずらしから、あるものの所在に注力した結構など、そうした見所もあるとはいえ、とにかくこのトリックを実行している犯人の姿と、例のブツがアレしているシーンを想像してみるだけでクスリと笑ってしまう一編です。確かにド派手なトリックではないとはいえ、このブツをこうした扱いへと見事に転化してしまう奇天烈ぶりはやはり北山ミステリ。その着想のヘンテコぶりに「城」シリーズにも通じるベクトルを感じつつ、ニヤニヤしてしまいます。
「時間泥棒」は、お屋敷の中にある時計が盗まれていくという、これまたごくごくシンプルな謎ながら、その犯人の動機へと近づくための「気付き」にスマートなロジックを見せているところが秀逸です。また、いつもはモジモジしている探偵が珍しく機転を利かせて犯人に罠を仕掛けるという展開も面白く、何だか軽いコントを見ているような微笑ましい幕引きなど、かわいらしい登場人物とユーモアも交えたこのシリーズの風格を端的に表している一編といえるのではないでしょうか。
「毒入りバレンタイン・チョコ」は表題作と並んでお気に入りの一編でありまして、まず毒ネタにしてガイシャ一人だけを狙い撃ちにするという事件の様態がいい。実際に毒が入っていたチョコはたった一つで、何故それをガイシャが食べるに至ったのかというところを「可能性の可能性の可能性」だのそうしたコ難しくて煩雑なロジック地獄に流れることなく、これまた北山ミステリとしかいいようのないトリックによって眞相を喝破してみせるところが素晴らしい。
探偵が指摘する「全か無か、ゼロパーセントか百パーセントかを操作した」という犯人の企図に、件の事件に使用された毒物盗難事件を絡めて説得力を持たせた事件の「作り込み」も鮮やかで、複雑怪奇な推理を延々と弄すること「そのもの」を目的としたことが透けて見えてしまった事件の「作り込み」が個人的にはアレだった笠井氏の長編と比較するにゆやはり個人的にはこちらの方が好み、でしょうか。
「ゆきだるまが殺しにやってくる」は、名探偵とワトソンが迷い込んだお屋敷では娘の婿選びが行われている真っ最中で、名探偵もその候補に加わることになってしまい、――という展開からしてバカ過ぎるのですけど、実際に発生したコロシは非常に実直なもの。これまた表題作と同様、非常に微笑ましいトリックでニヤニヤしてしまうのですけど、ここでもトリックを導き出すにいたる小道具がいい味を出しています。最後にホンのおまけで、アレ系的な錯誤をさかしまのかたちで見せているのですけど、これがまた本作にバカっぽい雰囲気を添えています。
全体的にド派手さこそはないものの、トリックの仕組みに「城」シリーズにも通じるベクトルを感じる表題作と「毒入り」だけでも北山ミステリのファンであれば買いだと思います。