クラニーの時代劇。本作、まったくのノーマークだったのですけど、 アマゾンからのメールで知るに至り、さっそく買い求めてみた次第です。佐伯泰英などと並んで双葉文庫の時代小説の一冊としてリリースされているとはいえ、そこはクラニーですからやはり主人公の香坂主税が江戸の町に暗躍するゾンビをバッサバッサと斬り倒していく話かと思いきや、……存外にフツーで、というか、双葉文庫の時代小説ものとして風格を非常に意識したとおぼしき内容にシッカリと纏められています。
物語は主人公である火盗改の香坂主税が、閻魔様のかたちをした注進箱に寄せられた情報をもとに惡さをしでかしているゲス野郎を搜しだしては成敗してみせるというもの。白賊、黒賊というフウに、金だけを盜む良い盜みと、人殺しもいとわないゲス野郎の集団とを区分けしてみせる構図が物語の全体にそれとなく凝らされてはいるのですけど、敵方はすべて賊という譯でもなく、エロ地獄へと堕ちたアレが娘っ子たちを手籠めにする第三話「秋の白い蝶」や、劍法道場を破門された狂人が辻斬り三昧で暗躍する第二話「影斬りの夏」などもあって、それぞれにバラエティに富んでいる作品を取りそろえた一冊といえるかと思います。
しかし、ホラー作家の顏もあるクラニーの時代小説とはいえ、同じくホラー作家でありつつハッチャけたストーリーで魅力してくれる朝松氏の作風などをイメージしてしまうとアレで、本作においてはホラー的な雰囲気は完全に脱色され、どちらかというと、「涙坂」や傑作「下町の迷宮、昭和の幻」などにも通じる人情ものとしての風格が強いです。実際、ジャケ裏にある作者紹介を見ると、
……ミステリー、ホラー、幻想小説など、幅広い分野の作品を精力的に発表している。俳句と翻訳も手がける。『涙坂』、『下町の迷宮、昭和の幻』、『The End』など著書多数。
とあって、――まア、最後の『The End』だけは微妙な違和感を残してはいるものの、『田舍の事件』のような超絶ユーモア路線や、『四神金赤館銀青館不可能殺人』のようなバカミスを並べていないところからも、双葉がターゲットとする本作の讀者はクラニーのファンというよりは、寧ろ双葉文庫の時代小説ものを愛讀している讀み手であるような気がします。
実際、事件が解決した後日談として描かれる人情ものとしての描写は極上の風味を釀しだしていて、『昭和の幻』や『湘南ランナーズハイ』が好きな自分としては、ミステリ、ホラーのいずれの風格も薄いとはいえ、なかなかに愉しむことが出來ました。
また双葉文庫の時代小説的なカラーを相当に意識してユーモアはナシという真面目なセンを狙っているとはいえ、そこはかとなくクスリと笑ってしまうネタを添えているところはやはり倉阪氏で、例えば冒頭、主人公である香坂が件の注進箱を覗いてみると、「だれかが手を合わせて拜んだのか、賽錢が一枚入っているだけだった」なんていうシーンや、第四話の「冬日向の猫」における、男が「縁あって結ばれ妻との間には次々に子供が生まれた」として男の逸話が語られるのですけども、「高をくくっていた」らトンデモないことになってしまったくだりなど、フツーに讀むとシッカリと時代小説として纏まってはいるものの、ディテールに目を凝らせばやはりクラニー、とニヤニヤ出來るところもあったりして、ファンであれば意外と愉しめるのではないでしょうか。
とはいえ、やはりここは、例えば、あの問題作ばかりがズラリと並ぶ講談社ノベルズでも、ひときわ異樣でヘンテコな作品を續々とリリースしてみせる倉阪氏でありますから、ファンとしては、この双葉の時代小説文庫でよりいっそうハジけた、クラニーでしかありえない、という風格の一冊を求めてしまう譯で、次作では主人公である香坂主税の敵役には是非ともゾンビや魔界の住人を、と期待してしまうのでありました。