解説に杉江氏曰く「人間ドラマの部分に重点がおかれた」短編集で、本格ミステリ的な仕掛けはやや薄味。それでも多島ワールドならではの情感溢れる逸品やキワモノ風味を醸し出している珍作など、バラエティにとんだ一冊でなかなか愉しむことが出來ました。
収録作は、人妻のよろめきものかと思っていると、不気味ストーカーの影を追うサスペンスものへと轉じていく「マリア観音」、反抗期の娘に悩む気弱な人妻が友人に預けた絵画探しに翻弄される、――と思いきやのけぞるような眞相がキワモノ的な「預け物」、「神話獣」にも通じる物語世界に青春風味と抒情を効かせた表題作「追憶列車」、ロシア人俘虜の脱獄に静かな頭脳戦を展開させた「虜囚の寺」、二代目お蝶の死の眞相に様々な策謀を重ねて恋煩いの人妻の奈落を描いた「お蝶殺し」の全五編。
「マリア観音」は、夜遅くに人妻が帰宅すると、旦那はすでに帰ってきていて子供は熱を出して寝込んでいるという、すっかり浮気が旦那にバレちゃった、どうしよう、……という展開かと思っていると、物語は意想外な方向へと流れていき、――という話。彼女をストーキングする怪しい影の正体を追いかけて夫婦はその眞相を知ることになるのだが、というサスペンスを交えた結構は何だか寿行センセの短編を彷彿とさせます。
續く「預け物」は、これまた人妻が主人公で、反抗期真っ最中の娘にウンザリしたママ、というごくごくフツーの一家庭のシーンが、とある絵画を預けていた友人の死をきっかけに、その絵の行方を追いかけていく奥様の受難を描いたブラックな一編、――かと思っていると、最後ののけぞるような眞相には完全に口アングリ。冒頭のシーンの主人公に対するイメージの激しい落差の素晴らしさにキワモノ風味をイッパイに醸し出した好編です。
「追憶列車」は、これまた多島ワールドでは定番ともいえる年上娘にホ字となってしまうボーイの物語で、青春物語っぽい瑞々しい雰囲気と、おキャンでありながら謎めいた娘の存在に歴史ものの影を添えた一編です。ただいかんせん短編というフォーマットゆえ、物語の断片を語って幕となってしまうところが惜しい、というか、長編であればもっとトンデモない話にハジけていたであろうことを考えるとチと勿体ないような気がします。
「虜囚の寺」は、俘虜となったものの脱獄を企てるロシア人と官人との頭脳戦が見物で、そこにこのロシア人へ惚れていると思しき娘っ子のシーンを添えつつ、ロシア人がいかにして敵方を欺いて脱出するのかを鮮やかに描いた物語。
本格ミステリ的な仕掛けはないものの、その眞相に吃驚してしまったのが「お蝶殺し」で、清水の次郎長の妻だった二代目お蝶の死の眞相を語る、――というものなんですけど、昔男を思い出しては悶々とするお蝶がズブズフと奈落へと堕ちていく展開がキモで、結局周囲の皆はヒロインの彼女を除いて様々な策謀を巡らせていたという因果なオチはかなり鬱。
ただいかんせん、昔の男を思い出しては彼との逢瀬を企てるお蝶の行動力と、作中ではチラっとしか出てこない次郎長との対比を考えるに、浮気ではないとはいえ、次郎長を欺いてまで昔男の行方を捜しまくる彼女は分が悪い。寧ろ殆どの讀者は「真犯人」の心の内に複雑な思いを抱いてしまうのではないでしょうか。
年下男を翻弄する悪戯姐さんや、キワモノ風味のオチを効かせた珍品など、バラエティに富んだ作品が収録されているゆえ、派手さはないものの手堅く纏められいる一冊だと思います。