タイトルが大石センセの「処刑列車」と紛らわしいんですけど、こっちは列車に乗って、ゾンビから逃げるという話。とはいえゾンビとは言っても、本作の場合、新種のウイルスに感染した輩が凶暴化して人間を襲うというお話でありますから、簡単に纏めてしまうと、北上版「28日後…」。
実際、冒頭のシーンからして、九日も病院で寢こんでいた女性がフと目を覚ますと町は件の感染者でイッパイになっていて、……というところなど、「28日後……」のリスペクトを十分に感じさせます。とはいえ、鉄っちゃんボーイが列車を盜んで国鐵を退職したオッサンたちと脱出劇を繰り出してからはもう一難去ってまた一難、――とはいえ終盤で「28日後……」フウに閉塞した空間でのサスペンスを凝らした人間ドラマを盛り上げていくような結構ではなく、最後の最後まで死靈まみれの大活劇が繰り出されていくので息つく暇もありません。
うまいな、と思ったのは、序盤では鉄っちゃんボーイや自衞隊員など、物語の要となるべき人物のいずれに偏ることもなく、登場人物それぞれ均等に目を配りながらドラマを展開させていくという結構でありまして、このように主観客觀をおり混ぜながらフラットな人物描写を心がけつつ、それによって唯一人、終盤でこの大パニックの発生源の鍵を握るとおぼしき得體の知れない人物を「引き」の技法で描写しながら不気味な雰囲気を際だたせているところが巧妙です。
この人物が默っていたトンデモない事柄が終盤の人間VS人間という展開と物語の背景に隠されていた陰謀を明らかにするという後半の仕掛けへと繋がっているところもまた見事。
また列車はひたすら北を目指して走るのですけど、こうした物語にありがちな一難去ってまた一難という定番の構成に、列車という「鉄」的要素を取り入れたことで、登場人物たちを襲い来る受難が非常にバラエティに富んだものになっているところもいい。そのたびに鉄っちゃんボーイが智慧を働かせて窮地を逃れるという展開が見られるのですけど、勿論それだけではなく、自衞隊を絡めた熱い人間ドラマが後半に用意されているところなど、上質のパニック映画的な要素をシッカリと添えて盛り上げていきます。
今回の大パニックの鍵を握る人物のあまりに不審な行動から、その人物がいったいにどのような輩なのかという点に關しては大凡の察しがついてしまうとはいえ、そいつが仕掛けたある事柄が、ハッピーエンドを覆す絶望的なエピローグへと繋がっているところなど、定番的ホラー小説としての結構として見ても秀逸です。
個人的には列車でただひたすら北上するという構成から一本調子な物語かな、なんて讀む前は邪推してしまったのですけどさにあらず、前半から後半へと流れていくにつれ、登場人物たちを襲う受難が死靈大爆発的なストレートともいえるネタから、次第に人間の凝らした奸計へと變容していくところなど、終盤に明らかにされる件の陰謀劇へと繋がげていく構成もうまく、またそこに「鉄」的要素をイッパイに凝らして窮地を逃れるサスペンスもを盛り上げていく展開も面白い。
結構なボリュームながら、疊みかけるような展開にあっという間に讀了してしまうという素晴らしい一冊で、ゾンビ・テーマの物語としてのみならず、本作ならではの列車を用いた脱出劇という「鉄」サスペンスとしても十二分に愉しめるのではないでしょうか。