怪作「死霊鉱山」に「アイウエオ殺人事件」と、そのキワモノぶりにすっかり夢中になってしまっている草野センセの短編集。古本屋の百円コーナーで偶に見かけては拾い集めている譯ですけども、本作は横井氏の解説にエロチック・ミステリーとある通りに、緩くてエロい、独特の昭和テイストに脱力の風格の際立った佳品でありました。
収録作は、草野センセの得意とする炭坑を舞台に落盤事故で閉じこめられた人妻が獣野郎の餌食となる「地底に蠢く」、文豪森鴎外の作品を想起させつつ、叙情ファンタジーの物語が本格ミステリへと回帰する結構がステキな「雁のわかれ」、タイムスリップがゲス野郎の悪辣な仕業を暴き立てる「人形の家」。
落雷で自動写真機にヘンなものが憑依して、……とZ級ホラーテイスト溢れる仕込みから藤子A先生的なブラック過ぎる物語がハジけまくる「完全自動写真」、強欲男が女の献身を忘れた暁に呪いを受ける「呪いのスカーフ」、夫をひき逃げした犯人に恐るべき奸計を仕掛けた美人妻を狙うゲスな獣たちの末路「目には目を」。
情緒不安定な作家センセに色仕掛けを試みたスケがタイトル通りに白豚扱いされるブラックなオチにニヤニヤ笑いが止まらない「白豚たち」、因果沈船の探索から物語は壮大なバカSFへと突き抜ける「捨て逃げ船」、ライバルの友人の不審死がトンデモなブツのダークパワーを明らかにする「私の中のあいつ」の全九編。
いずれも独特の古くささと脱力ぶりを極めた逸品で、文芸嗜好のハイソな本讀みを軽く蹴散らしてしまうかのような風格がキワモノマニアには堪りません。ステテコにランニングシャツ一枚といった緩い格好で畳の上にゴロ寝しながら讀み進めるのがベスト、とでもいうべき本作、冒頭の「地底に蠢く」はタイトルこそ何やらオドロオドロしいものの、七十年代のB級ホラーやひばり書房の怪奇漫畫をご存じの方であれば、仰々しい題名とは裏腹に、エロと投げっぱなしの結末をイッパイに堪能出来る一編です。
炭坑という草野センセの独壇場ともいえるフィールドを物語の舞台に据え、落盤事故で暗い穴ン中に閉じこめられた獣野郎の中に人妻一人、――とあれば、男どもが女を輪姦、というのは当然予想される展開でありまして、「なんばするとな!」なんて訛り言葉で抵抗しつつも、ついに人妻の体は反応してしまい、……。
どうにか救出されて日常の生活に戻っても、輪姦の味を忘れられない野郎どもは再び旦那の留守をいいことに人妻の家を訪れて、――というところから最後は人妻のおそるべき奸計に堕ちてしまうという因果応報なオチも痛快です。
「雁のわかれ」と「人形の家」は、収録作中、唯一マトモな評価軸でも愉しめる作品で、特に「雁のわかれ」は、冒頭、夜中にイキナリ美女が訪ねてきて家に泊めてくれ、といってきたら、……というモジモジ男の妄想を体現したファンタジー風の展開から、女の突然の失踪を経て、最後には女の正体が明らかにされるという結構です。幻想小説的な謎の提示からそのまま流れるのかと思わせつつ、最後には女の内心の幻想に託して合理的な解決を見せる技巧が美しく決まっている佳作でしょう。
「人形の家」は、とある作品で作家センセへと昇格した男が突然タイムスリップに巻き込まれて、――という強引な展開から、最後にはこの怪異を交えた展開の裏が明かされるという趣向です。こちらも「雁のわかれ」と同様、ファンタジー的な展開で見せつつ、最後にその舞台裏を眞相として提示する結構が明快で、素直にミステリとしても愉しめます。
「完全自動写真」は、雷が自動写真機に落ち、機械が何やら邪悪な意志を持って、――と、何だかB級かZ級ホラーを彷彿とさせる展開がいい。プロローグでこの設定を説明したあと、二つの物語が語られていくのですけど、ウフ……ウフ……と笑う変質野郎の声など、ベタ過ぎる展開とともにディテールまでをもジックリと堪能したい一編です。
ゲス野郎がエロい気持ちを起こしたばかりに因果応報、というのは、本作に収録された作品に共通する草野センセのテーマともいえ、「目には目を」も、「地底に蠢く」と同様、中盤にエロシーンを据えて、最後には野郎が奈落へと堕ちるという定番の展開を忠実にトレースした結構がキモ。
ひき逃げされた旦那が失明、という状況から犯人捜しに奔走する妻がとある奸計をたくらむのだが、――という流れから、この人妻が美人であるのをいいことに強欲顔でエロい要求をしてくる野郎どもの下卑た描写も際立っています。
「安心しなさい、奥さん。強姦はせん。約束する」きれぎれに囁く。息が、もう酒臭くなっていた。「ただ、抱いて楽しむだけだから」
真弓は懸命にもがきながら、
「あなたは、あたしを騙したんですね。大声で人を呼びますよ」
……
こんどは、前からのしかかった。むっちりと盛り上がった二つの乳房に、馬のような鼻息をはきながら、かわるがわるむしゃぶりつく。その唇をしだいに下腹部へ移していく。
「やめて……、それだけは……お願い……」
「心配はいらん。強姦はせん」
剛三はもう一度くり返すと、
「おとなしく楽しむだけだ。じっとしときなさい!」
ゲス野郎がそうして欲望を吐きだしている間に、またまた例によって女の方は「すさまじい官能の疼き」を感じてしまうという男のファンタジー溢れまくる展開がアレながら、後半に至って男が因果応報となるオチは「地底に蠢く」とマッタク同じ。ゲス野郎に美人妻、そこにエロと「官能の疼き」と因果応報をくわえてハイ一丁上がり、という草野センセのお手軽小説作法をシッカリと学べるところもお買い得ながら、昔はこんなお話でも本になったんだなア、なんて昭和の時代を懐かしむのも吉、でしょう。
いずれもクズ、スカム・テイスト溢れるキワモノマニアには堪らない佳品揃いゆえ、古本屋で投げ賣りされていた折には手に取ってみるのも良いかもしれません。