どうにも「六月六日生まれの天使」の巻末に掲載されていた大矢氏の解説の後遺症で、本格ミステリを讀んでも素直に愉しめず、作品を讀了しても何かを語る気にはなれないままここ數日更新をサボっていたのですけど、リハビリの意味もかねて今日は寿行センセのややミステリ的な趣向に傾いた本作を取り上げてみたいと思います。
内容的には連作短編の構成で、収録作は、犬を轢き殺したゲス野郎が女王様主催の闇法廷で、變轉する奇天烈な罪状によって裁かれる「有罪」、ロクに調べもせずに冤罪判決を下したアンポンタンな判事を裁く闇法廷の中で、悲哀慟哭溢れる犯罪の構図が明らかにされていく「闇の法廷」、そして「有罪」と対照をなすかたちで、猟奇事件の眞相が明かされるなか、弱き者たちが巻き込まれたおそるべき地獄絵図が姿を見せる「原罪」の三編。
どんな男もひれ伏さずにはいられないという高貴な美貌を持った女王様が、その金にモノをいわせて闇の法廷を主催、現役のプロ検事、判事などが事件の真相を裁判の中で暴いていく、――という展開で、最初の「有罪」では、とらえた男を手枷で拘束し、トイレに行くこともままならず両手を縛められたまま服の中に糞を垂れ流し、……という壮絶な拷問を前半に開陳、しかし裁判といえども何しろ男の罪状は犬コロを轢き殺しただけというもので、これがいったいどうすれば死刑になるのか、と見守っていると、男の過去が暴き立てられいく課程で裁判は急轉、さながら背後から刺されるようなかたちで男は死刑判決を受けることになるいう壯絶な幕引きがいい。
まだこの第一話では、被告人である男のアレっぷりに焦点を当てたおとなしい展開ながら、續く表題作「闇の法廷」からは、被告人、被害者も含めた人物たちの哀しき業が明らかにされていくという結構で、今回の被告人は冤罪判決を下した裁判官。しかし被告人とはいえプロでありますから、敵陣の中での法廷といえども法律論であの女をギャフンと言わせてやる、なんて息巻いてはいたものの、次第に弱気へと轉じていく男の惑乱ぶりも面白い。
冤罪事件の眞相を暴き出す、という大筋を開示しながら、物語はまず獄中で非業の死を遂げた男の家族の地獄を明らかにしていくのですけども、その冤罪を引き起こすにいたった人物のエゴと狂氣、そして彼を取り巻く家族の深さが凄まじい。
単純な冤罪事件かと思われたものの、冤罪被害の家族と事件の被害者の家族とを次々に描き出していく中で、事件の輪郭が次第に姿を見せていく課程もスリリングで、そこに人間の因業とエロスを例によって例による寿行的筆致で活写してみせるところも期待通り。
冤罪を引き起こすにいたった証言からまずはこの殺人事件の動機を炙り出してみせたかと思うと、事件の様相は奇妙な捻れを見せていき、ここでもやや急轉するようなかたちで真犯人が姿を見せていく展開もいい。
また嫉妬に狂った人物の狂氣が他者を巻き込んで恐ろしい犯罪を引き起こしていく課程など、楳図センセの「洗礼」を彷彿とさせるような人間の狂氣の磁力の凄まじさ、そしてそこへ極上のエロスをたっぷりと塗して恐るべき奈落劇へと仕立ててみせる手腕など、短いながらもその濃度はまた格別。
最後の「原罪」はやや毛色が異なり、闇の法廷の人員が、迷宮入りかと思われる難事件を捜査していくところも描きながら、後半には猟奇事件の真犯人とその人物が奈落へと堕ちていく地獄絵図が法廷で明らかにされていくというもので、メタメタにされた屍体のおぞまじさに實は真犯人の慟哭と見事な伏線が凝らされていたことが明らかにされる後半の展開、さらにはすべての悲劇の背後にはとある人物の策謀が巡らされていたことが明かされ、そこから悲哀、非業が怒濤のように溢れてくるラストの凄まじさなど、ミステリとしても上質の風格がまた素晴らしい。
また最後に下される判決の内容も、犬コロ殺しから死刑が下される「有罪」と対蹠させることで、人間の業を見つめる寿行センセの眼差しがよりいっそう際立つ構成も見事で、女王様の足下に傅く男という「お尻様」的シチュエーションは添え物程度とはいえ、ゲス親父が親子丼で家族を地獄へと突き落としていく壮絶なエピソードなど、寿行的エロスの大盤振る舞いは完全にレブリミット。
因業、慟哭、悲哀、と境地の高みへと突き抜けた風格とともに、冤罪事件の真相を暴いていくという中心軸から奇妙な歪みを見せていく展開が秀逸な「闇の法廷」、そして地獄絵図の背後におそるべき奸計が隠されていたことが濃密なエロスの逸話とともにスリリングな筆致によって明かされていく「原罪」など、ミステリとしても考え抜かれた結構の旨さをも堪能したい傑作です。オススメ、でしょう。