既に讀了済みのものが結構収録されているゆえ、買おうかどうか悩んだのですけど結局ゲット、寧ろ競作という視点から敢えて編纂の趣向を愉しむことに徹してみました。
全編を通して非常にハイレベルな短編がテンコモリ、というのは勿論なのですけど、個人的には動機の異様さや歪みなど、犯人の心理を驚きの仕掛けとした作品が結構な數で揃えられてい、そのあたりが非常に印象的でありました。収録作は、らしくない人情話の無理矢理感に日常の謎をブチ込んだ風格がタマらない黒田研二「はだしの親父」、法月綸太郎「ギリシャ羊の秘密」。
例によってクスリと笑えるギャグネタを鏤めてシンプルな事件に見事なロジックを構築してみせる手際が見事な東川篤哉「殺人現場では靴をお脱ぎください」、これって小栗虫太郎のアレ? みたいな色彩ネタに目眩がする柄刀一「ウォール・ウィスパー」、霞流一「霧の巨塔」、ほのぼのしたフィールドワークから事件の構図と企みが浮かび上がる展開が秀逸な北森鴻「奇偶論」。
飄々とした文体ながらも何処か土俗チックな雰囲気のなか、最後に異様極まる眞相が明らかにされる米澤穂信「身内に不幸がありまして」、犯人の脳内を執拗にトレースしていく偏執推理が炸裂する乾くるみ「四枚のカード」、これまたらしくない、ごくごくフツーの日常的な物語世界で油断させながら、コロシの眞相に異様さを際立たせた風格が素晴らしい北山猛邦「見えないダイイングメッセージ」の全九編ほか、評論一編を収録。
すべて未讀だった場合、やはりピカ一なのは「ギリシャ羊の秘密」、ということになるのでしょうけど、個人的には後半に収録された作品の異様ぶりに注目で、乾氏の「四枚のカード」は、乾ミステリの中では非常に地味な印象の林家を探偵にしたシリーズの一編です。
事件の内容は、ちょっとした超能力を披露してみせた外人さんが死体で見つかる、というフツーのコロシながら、探偵が最初から犯人の異様な犯行動機について断定してしまうという異様づくしの展開には口アングリ。またこの犯人の異様な動機を探偵もトレースするかのように、考え抜かれた、――というか考えすぎて頭がコンガらがってしまいそうな犯人の企みを繙いていく推理のプロセスもまた異様、というふうに一讀すると地味ながら、よくよく見るとすべてに何処となく歪みが感じられるところは乾ミステリの真骨頂。
「奇偶論」も、ホノボノしたフィールドワークになる筈が、奇妙なところから脱線を始めて、この企画そのものの背後に隠された企みが明らかにされていく中、とある事件の眞相が語られていくという展開です。事件の犯人が推理された後に、その奸計の構図から立ち上る小さな謎から、さらにコロシを中心とした人間関係の全体像が浮かび上がってくるダメ押し的な後半の展開も素晴らしい。
「身内に不幸がありまして」は、作者自ら「フィニッシング・ストローク」を企圖しているとの通り、最後の最後に異様極まる眞相が明かされて幕となる一編ながら、個人的には「最後の一行」によって明らかにされる趣向よりも、やはりそのすぐ前の犯人の異様ぶりに痺れました。土俗的な雰囲気さえ感じられる物語世界がとある人物によって語られていくのですけど、コロシが発生した後の語りの中で讀者には本作の趣向がフーダニットであると思わせながら、後半において本当の狙いが明かされるという結構が秀逸です。これもまた提示される謎をずらして見せることで、讀者の驚きを喚起するという點で印象的な一編でありました。
「見えないダイイングメッセージ」もそのタイトルの趣向と、後半に最後の異様さが明らかにされる構成といい、「身内に不幸がありまして」にも通じる面白さながら、こちらは語りに比重をおいた結構で魅せてくれた「身内に……」に比較すると、オーソドックスな風格です。しかし後半、畳みかけるように明らかにされていく眞相はなかなかに強烈で、ダイイングメッセージに込められた意図のずらしから始まり、このコロシにおける犯人の動機、さらにはこの探偵に持ちかけられた依頼の背後に隠された事情など、ダイイングメッセージに焦点を当てて進行していた展開から、次第に事件の背後に隠された秘密を明かしていくところなど、単調に終わりがちな殺人事件の見せ方の旨さに關心至極。
非常にハイレベルなセレクトで、昨年の大漁ぶりを象徴する一冊といえるのではないでしょうか。