ダメミスの傑作を求めて、千街氏も超オススメの「クルーザー殺人事件」をはじめ、怪作「死霊鉱山」の作者でもある草野氏の作品を集中的に讀んでみようと思い立った次第です。とはいえ、アマゾンで檢索をかけても殆どの作品は絶版で容易に手に入るものでもないので、中町センセと同樣、まあ、見つけたらその度に取り上げていくというスタンスで行こうと思います。
で、さっそく本作なのですけど、アイウエオという名前からして、何だかクリスティの名作をリスペクトしたミッシング・リンクものかな、なんて考えてしまう人はまだまだで、そこは草野センセですから、そもそもこのアイウエオからして、某商社の經理課にいる五人の女性の名前が、阿妻、入間、宇田、江尻と、その頭文字がアイウエオだというフウに冒頭からその種を明かしている具合でありますから、ここに何かトリックがあるんじゃないか、なんて勘ぐるのは御法度です。
本作がいかにも草野センセらしいと感激してしまうのが、アイウエオの順番に女が殺されていくというネタだけでも極々フツーのミステリに仕上げることは出來るというのに、ここへ某商社ビルに棲みついているという幽霊譚を大胆にブチ込み、さらには怪異と迷走推理と現代本格的なとあるネタをも大量投入して、あたかも闇鍋のごとき凄まじい風格の作品に昇華させてしまうというその強引ぶりが素晴らしい。
コロシに呪いを重ねた見せ方は「死霊鉱山」に通じるものもあるとはいえ、冒頭ではその呪いの曰くを語るだけであった「死霊鉱山」に比較すると、本作はノッケからトイレの水が逆流して汚物が突然溢れだし、リーマンの体を直撃するという怪異で讀者の興味をなかば強引に引き寄せるというキワモノらしい惡乗りぶりもステキなら、そもそものアイウエオ事件のきっかけというのも、課長以上でないと經費として認められない新幹線のグリーン席を使用した女が、社内規定に従って經理課の某女史が処理したのに逆ギレして復讐を誓う、――ともうこのあたりの展開からしてニヤニヤ笑いが止まりません。で、逆ギレ女は、
おのれ! 阿妻輝子。この恨み、いつかきっと……
と魔太郎みたいにメラメラと怒りの炎を燃やしながら、上司より仕入れた裏情報を元に彼女を脅迫にかかるのだが、――。
ここからコロシの連鎖が引き起こされていくのですけど、そもそも犯人は丸わかりで、さらにはコロシのシーンにしても犯人がシッカリと犯行を行うディテールまでをもキッチリと描いているという展開ゆえ、ここに本格ミステリ的な「謎」が介在する余地はマッタクなし。
とはいえ、このコロシの場面にも必ず、件のビルに棲みついているとおぼしき惡霊が姿を現し、何かをやらかすのでありますけども、これが単なる幻覺なのか、それとも本當にこの惡霊は存在するのか、そのあたりを曖昧にしたまま物語はアイウエと次々に女が殺されていくものですから、そのあたりを深く突っ込んで考えている暇もありません。
しかしこの惡霊というのも、ホラー・ジャパネスクみたいに、何だか判然としない影みたいなのがボワーっと向こうに佇んでいて、――みたいな「余白」を活かした怪談的なものでは決してなく、全身糞まみれの凄まじい惡臭を放つ爺と、孫とおぼしき娘と坊やの三人で、こいつらがトイレの洗面所でジャブジャブと体を洗っているという細部までをシッカリと描寫してみせるという鹽梅でありますから、或いはこの幽霊というのも案外実在する人間で、最後は推理によってこの怪異もリアルものへと還元されるのカモ、なんて中盤では期待したものの大ハズレ(爆)、謎解きがなされた最後の最後までこの幽霊が大暴れするという激しい展開は、「死霊鉱山」を彷彿とさせます。
上にも書いたように、ひとつひとつのコロシの犯人はハッキリとしているものながら、本作が秀逸なのは、この明快な犯行によって本來の「謎」を隱蔽してしまうと技法でありまして、いずれのコロシも勘違いが引き金となってトンデモない方向へと轉がっていくというものながら、これが最後には現代本格の趣向によって意外な眞相が明かされるというところにはやや吃驚、――というか、あまりに糞まみれの幽霊がインパクト大だったものですから、本格ミステリ的な仕掛けをシッカリと用意してあったことの方が、個人的には「真犯人」の告白よりも遙かに意想外でありました。
全体としては、女同士のイヤっぽいキャラを活かしたバカOLどもの脱力コントや、糞まみれの幽霊という、想像しただけでもかなりアレな怪異の表現技法など、「ひばり」的な風格が際だった作品で、個人的には「ひばり」の中でも特にコガシン的な要素が強いような気がします。
コガシン先生といっても「妖虫」とかの一見眞面目を裝った路線ではなく、描線もグタグタで脱力なクズっぽさの際だった、――たとえば「血みどろの蟲屋敷」みたいな作品をイメージされると、本作のアレっぷりもまた、キワモノ趣味溢れるダメミスとして大いに愉しむことが出來るのではないでしょうか。
特に犯人の企図が明らかにされたラストで、便所の扉がドーン!とハジけてトンデモない怪異が爆発する展開はもうやりすぎ。フツーのミステリとしては完全にアレながら、ダメミス的な視點で見れば、かなり高ポイントの逸品といえることは確実で、個人的には「クルーザー殺人事件」などよりも遙かに讀む価値はアリ、と「死霊鉱山」がツボだったマニアには是非ともオススメしたいダメミス、クズミスの傑作です。幸運にも古本屋で見つけたらまずは冒頭の怪異のシーンだけでも讀み流していただければ、本作のキワモノぶりが理解できるかと思います。