ジャケ帶に曰く、「明るく爽やかな”多重人格”成長小説」とある通りに、主人公が多重人格で何やらその原因も暗い過去に歸因することが仄めかされてはいるものの、決してダウナーな雰囲気ではなく、カッ飛んだ登場人物たちも含めて不思議な風格が感じられる一作でありました。
ただ、おそらく自分は讀み方を間違えてしまったような気がします。というのも、ミステリ・フロンティアの一册であるからには、登場人物が多重人格になるに到った原因や、その背後には何やら父親の不審死があるらしい、などといった謎の添え方から、この過去に連關して何か強力な仕掛けがあるのではないか、――なんて邪推してしまいまして。
実際は「成長小説」とある通り、作中では主人公にまつわる過去の逸話が繰り返されるとはいえ、それらはそういった「謎」の解明に向かうための伏線に寄与するというよりは、本作の「成長小説」としての強度を上げるために用いられているゆえ、そのあたりを見誤ってしまうと後半の展開、――特に過去のとある出来事の眞相が語られた後の物語の進め方にやや物足りなさを感じてしまうかもしれません、――というか、自分がまさにそうなってしまった譯ですが(爆)。
まず着目するべきはここ最近の作品には珍しいくらいに、作者自らが物語をドライブしていこうという強い意志が感じられるところでありまして、例えばたびたび登場するサトシ・プラス、マイナスを峻別するためのリストについても、作者は「ある理由から、彼のことを時に「サトシ・マイナス」と呼ぶことにする。なぜ彼が「マイナス」なのか、ではプラスはあるのか、ということはおいおいわかるだろう」と讀者に向けて語りかけてきます。
多重人格の主人公はもちろん、彼の母親や戀人など、登場人物の「成長」の大きな鍵を握る人物に対しても、現在の時点から過去の逸話を回想させつつ彼らの過去と現在を重層的に描き出していくという結構にも何やら大きな仕掛けが隱されているのではないか、なんて考えてしまった自分はちょっとアレで、多重人格というネタが開陳されれば、当然そこには何か「語り」に絡めた仕掛けがあるに違いない、なんていう脊髄反射的な「讀み」を行ってしまう本格ミステリ讀みは要注意、かもしれません。
特に登場人物が多重人格を獲得していくにいたった課程に絡めて、チョイ役で語られるカウンセラーからオススメいただいたとある方法を他の登場人物たちも模倣しているようなことが語られていたり、あるいは作者自らが讀者の「讀み」を誘導している氣配が濃厚に感じられている語りから、何か強度な仕掛けを探ってしまうのですけど、このあたりはあまり深く考えずに「成長小説」としての讀みに徹した方が愉しめると思います。
ただ、この語りの中に驚きがないのかというとそんなことはなくて、サトシ・プラスの「目覚め」に関しては中町センセ的な仕掛けを用いて主人公の分裂したもう一人の思惑を際だたせてみせたところは秀逸で、マイナスの視點からプラスの奸計を繙いていくという物語の構造そのものを利用して、このあたりを見事に描き出しているところは素晴らしいと感じました。
ミステリ・フロンティアというレーベル、そして過去の事件を大きく仄めかしてみせた結構、さらには作者が前面に出て讀者を誘導していく語りの構造など、いかにも現代本格的な讀みを期待させるような作品ながら、その実、奇妙な「成長小説」としての風格が濃厚な一册、といえるのかもしれません。自分のような偏狹な本格ミステリ讀みよりは、もう少し守備範囲の広い讀者の方にオススメ、でしょう。