「ミステリーズ」「マニアックス」に續くMシリーズ第三彈。例によって語りや構成に趣向を凝らしまくった好編がテンコモリで、かなり愉しめました。
収録作は、ドッペルゲンガーネタからサイコ風味と語りの搖らぎにミステリ的な技巧を添えて見事な幕引きを見せる「もう一人の私がもう一人」、ハードボイルドの語りに込められた仕掛けをタイトルでさり氣なく暗示しながらも苦みのある物語で魅せてくれる「半熟卵にしてくれと探偵は言った」、話し好きのタクシー運転手にウンザリしているお客の語りで都市傳説がリアル怪奇譚へと変貌を遂げる構成がステキな「死人の車――ある都市伝説」、ラリ娘と男の幻視をレコードのAB面という構成で描き出した「Jazzy」、箱に魅入られた者たちを巡る恐怖譚「箱の中の中」、ナチネタにサスペンス、謎解き、怪物ネタとあらゆる素材をブチ込んで本物の怪物の恐ろしさを描き出した「モンスターズ」の全六編。
いずれの作品も、タイトルに絡めた仕掛けが凝らしてあるところで秀逸で、その題名から讀者が想像するであろう展開を先讀みしながら、さらにその上を行くという趣向がいい。それをミステリ的な技法によって見事な物語へと結実させているのが「もう一人の私がもう一人」で、「この世で一番恐ろしいものに出遭ってしまった」という前振りから、もう一人の自分を見てしまった二人の男の語りによって物語は進んでいきます。
それぞれが「もう一人の自分」の正体を探ろうと行動を起こしていくくだりを二人の男の語りで併行して描きつつ、各の境遇の違いを際だたせているところからすでに仕掛けは始まっています。ドッペルゲンガーという怪異が最後には現実的な解を見せるのかと思わせながらも、さりげなくサイコなネタを添えているところが曲者で、二つの語りの間に蟠る時間軸の「ずれ」をフックにして、後半は不安を煽るような展開へと流れていきます。
題名にあるような「もう一人の私がもう一人」という状況が現出しないまま、いったいどのようなオチを見せるのかと期待していると、「語り」と物語の時間軸を一気に飛躍させることによって物語を急轉させ、最後にタイトルの意味が明らかにされるという捻りを効かせた幕引きがこれまた見事に決まっています。語りと構成の妙で魅せてくれる一編でしょう。
失踪したお孃樣を探す私立探偵という定番の物語をこれまた語りに込めた仕掛けで唸らせてくれるのが「半熟卵にしてくれと探偵は言った」で、こちらも「もう一人の私が……」と同様に、語りの趣向が伏線として、題名にシッカリと添えられているところに注目、でしょうか。
「もう一人の私が……」はタイトルの意味合いを讀者に委ねるかたちで、後半のサスペンスと不安感を盛り上げつつその仕掛けを見事にキめてくれた譯ですけど、こちらはある意味、明快な一發ネタで勝負に出た作品でありまして、實をいうとこのテのネタにはすっかり耐性がついてしまっている故、物語のほぼ途中で分かってしまいました。それでも洋モノっぽいカラっとした文体と事件の眞相に添えられた苦みを残したラストは洒落ています。
「死人の車」は、お喋りが大好きなタクシー運転手に捕まってしまった乘客の語りで進む一編で、運転手が語るクサい實話怪談が元ネタもバレバレの、ちっともソソらないお話だったものだから、語り手は些かウンザリ氣味。しかし運転手の語りが次第に語り手の境遇と奇妙な一致を見せていくところからリアルの事件へと歸結するのかと期待していると、これまたミステリ讀みとしては意想外な幕引きで締め括ります。本作では「語り手」でありながら、物語のシーンではもっぱら陳腐な都市傳説のお話を聞かされる「聞き手」であるという設定が秀逸で、怪異を見せる主客の・莖倒が結末で見事なオチとなっています。
「箱の中の中」は、「もう一人の私が……」のように恐怖をテーマに添えたものながら、行方不明の女や謎めいた箱マニアによって物語全体に不穩な雰囲気を凝らしてあるところが何となく「奇偶」を髣髴とさせます。登場人物たちの譯アリな過去を絡めて、失踪事件やバラバラ事件が箱盡くしの館へと収斂していく展開で、作中に登場する小説のタイトルでお遊びを見せたりと、ディテールの面でも非常に凝った一編でしょう。
収録作の中ではもっとも長い「モンスターズ」は、ミステリ的な謎解きの風味にサスペンス、さらには怪物ネタまでを贅沢に盛り込んだ一編で、テーマの重みも含めて讀みどころの多い傑作です。
個人的にもっとも感心したのは、會話の應報によって作中に鏤められた樣々な謎の樣態を乱反射させてみせる技法でありまして、作中でも幾度か登場人物たちが口にするレッド・ヘリングという言葉をそのままに、怪しい人物の正体や、いったい何が起きているのかといった樣々な謎に、フランケンシュタインやナチオカルトといった趣向を添えて讀者を誤導してみせるところは相當にスリリング。
ナチのオカルト研究施設に迷い込んできた謎の男と博士との會話によって、物語の舞台を明らかにしていきながら、謎男の正体に注意を向けさせる描き方が凝っていて、いよいよモンスター殺しへと雪崩れ込むと物語は俄然ミステリ的な展開を見せつつ、ここにも前半の會話の語りを引き繼ぎながら、三津田氏がニヤニヤしてしまうような仕掛けが込められているという徹底ぶり。
施設で進められていた出来事の眞相にもシッカリと伏線が語られていて、本物のモンスターの正体を明らかにしながら、最後に鍵を握る人物がある決意をするに到る幕引きもいい味を出しています。
こうして通して讀んでみると、いずれも「語り」の技巧を活かす為、相當に凝った結構に仕上げてあるというのに、不思議と複雜さは感じられず、スッキリと讀めてしまうところは山口氏獨特の明快な文体によるところが大きいような気がします。「箱の中の中」のような哲學的衒學的な側面をディテールに凝らしながらも、それが物語に通底する主題を際だたせる為にシッカリと機能しているところも好印象、前Mシリーズのゴージャスで凝った風格がツボだった人には本作も安心して愉しめると思います。オススメ、でしょう。