久々の「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ、という譯で、今回は文庫ではなくノベルズでのゲットです。アマゾンで文庫の方の書影を見たら、何だか顏のシャクレた女をあしらったデザインでイヤーな感じなんですけど、ノベルズの方はというと御覧の通り、一昔も二昔も前の、ピッチリしたド派手なワンピースを纏った女の図で、後ろには例によって風雅な温泉の風景をあしらったデザインがまずマル。さらに副題にある「錯覚の谷間」と、「谷間」という言葉を、黄色いワンピースの女の胸の谷間とかけたデザインも心憎い。
で、内容の方はというと、最新作である創元推理の「三幕の殺意」よりは、本作の方が斷然中町ミステリの風格が感じられるような気がします。冒頭のプロローグの仕掛けが最後のエピローグで明らかにされる結構、さらにはまたまた例によって温泉場を舞台にコロシが発生し、容疑者認定された輩には例外なく死亡フラグが立ってしまうという展開も期待通り。
物語はひき逃げ事故をきっかけに、件の事故の目撃者、被害者を卷きこんでのコロシが発生する、というものなのですけども、そのコロシが温泉旅行の最中に発生するという強引な展開は中町ミステリの眞骨頂、もっとも今回は連續殺人が発生してもツアーが続行されるというアンマリな強引さはないとはいえ、温泉ツアーの真っ最中に地震が起こってその落石で死んでしまったらしいのだが、――というところから、ツアーの參加者の中に引き投げ事故へ関連した人物が參加していたらしいことが明らかとなり、件の事故はコロシへと轉がっていくという展開です。
探偵は躾のされていない土佐犬を飼っているおしどり夫婦で、特にこの妻の強引に過ぎる推理が中盤のひとつの見所でしょう。中町ミステリのもう一つの魅力といえば、こだわりまくって時にあさっての方向へとハジけてしまうダイイング・メッセージも忘れてはならず、本作でも再生中のビデオの内容とブレーカー落ちの停電という現象から思いもよらない強引なメッセージを讀みとってしまう探偵の爆走ぶりには苦笑至極。
前半では、ツアーの參加者から容易に容疑者とおぼしき人物を炙り出してみせたものの、ここでも、容疑者認定された輩は次章で必ずご臨終、という中町ミステリの法則が発動、疑わしき人物が次々と殺されていくという展開で見せてくれます。
構成としてうまいな、と思ったのは、探偵役をひき逃げ事件の當事者に近しい人物に据えることによって、事件の捜査の課程そのものがひき逃げ事件を軸に据えた事件の構図を炙り出していく展開で見せつつ、最終的に明らかにされていく眞相はまったく別のところにあったという變轉の結構で、一見、旅情ミステリを模倣した非常にオーソドックスなものでありながら、落石事件の眞相の開示からこのコロシの連續を覆っている偶然の連鎖が奇妙なかたちで浮かび上がってくる後半の推理に注目でしょう。
しかしそれでも本作最大の魅力は、冒頭の、ひき逃げ事故のシーンをカットアップ風に繋いでみせたプロローグの企図が最後の最後に明らかにされるところでありまして、今回は見事にやられてしまいました。エピローグのシーンを讀んだ後、すぐにプロローグへと立ち戻ってその描寫を比較するにつけ、傍点で繋いで文章の要所を捨拾選択してみせた作者の企みの素晴らしさが分かります。
おしどり夫婦の探偵ゴッコで容疑者認定、死亡フラグ、コロシ、またおしどり夫婦が探偵を開始、というシーンが執拗に繰り返される結構に温泉旅情テイストをブチ込んだ風格は確かにかつての陳腐な推理小説の風格をそのままトレースしたような脱力ぶりながら、やはりこのプロローグとエピローグにおける作者の巧緻を極めた仕掛けは貴重です。旅情風味にとりあえずのオマケとして密室もついてはいますけども、やはりプロローグの仕掛けが、謎解きから續くエピローグで明らかにされるという、中町ミステリならではの企みをまずは堪能するのが吉、でしょう。