極少部數でリリースされた「台湾推理作家協會傑作選」は1と2の二冊から構成されておりまして、1の方には、台湾ミステリの歴史を纏めた杜鵑窩人氏の「台灣推理創作里程碑」、タイトル通りに昨年の台湾ミステリの概況を綴った冬陽氏の「二〇〇七年推理出版回顧」の評論二編に、冷言氏の「找頭的屍體」、既晴氏の「月與人狼」、林斯諺氏の「聖誕夜奇蹟」、そして陳嘉振氏の「染血的傀儡」の四編を収録しています。
一方、2の方は小説のみで、哲儀氏の「詛咒的哨所」、張博鈞氏の「火之闇之謎之闇之火」、寵物先生氏の「名為殺意的觀察報告」、秀霖氏の「第九種結局」と、収録作はいずれも明日工作室から以前リリースされた短編ばかりということを考えると、レアものという點では1の方がよりマニア心を擽るセレクトになっています。で、今回はこの中の一編、林斯諺氏の「聖誕夜奇蹟」を取り上げてみたいと思った次第です。
林斯諺氏といえば昨年、短編集が出るのではとファンを大期待させながら出版社の事情によりお蔵入りになってしまったという苦い過去があるゆえ、こうしたかたちで氏の名短編が一編とはいえチャンとした形として殘されたのは非常に貴重。
物語は、とある青年が探偵若平の元を訪ねてくるも、その理由というのが、自分が小学生のときに体驗したとある不可思議の謎を解き明かしてもらいたい、というもの。何でもこの人物が小学生のときに同級生と「サンタはいるのか、いないのか」ということで議論になり、純眞なボーイだったこの青年は絶対にサンタはいるんだい、と主張。友達には「ゲラゲラ、バカじゃねえの」なんて茶化されるも、パパの提案によって、ではクリスマスの夜に同級生たちを自分の家に呼んで、本当にサンタがやってくるかどうかを確かめようじゃないかということになる。
家の中のとある部屋をサンタ召還の場所として、その部屋には何も秘密の入り口も拔け穴もないことを確認すると、次には窓から扉からシッカリと鍵をかけ、さらにはその上からもガムテープで目張りをするという念の入れよう。これだけの準備をして一同が寢入ると、やがてサンタの音樂とともに鈴が鳴り響いたことに驚いて飛び起きるや、皆で件の部屋に驅け付け、目張りと鍵を開けて中に入ると、部屋の中には子供たちへのプレゼントが置かれていたから超吃驚。さらには窓の外にはその場を立ち去るサンタと馴鹿の姿が目・腺されて――。
果たしてこの幼少時代の「奇蹟」の眞相は、というところを青年は探偵若平に持ちかけてくるのですけど、実を言えば流石に件の青年もサンタの存在を信じている譯ではなく、恐らくは自分の父親がこのマジックを演出したのではないかと思っているところがミソ。
しかしサンタなら超能力でもつかって壁の擦り拔けだって出來るのかもしれないものの、ごくごくフツーの人間であるパパが部屋に周到に目張りのされた部屋に入って、プレゼントを置いてまた部屋を立ち去るなどということは不可能だし、――と、謎の樣態をベタな「密室」ではなく、「サンタは存在するのか」という「奇蹟」のかたちでまず探偵と讀者の前に提示してみせたところが秀逸です。
殺人などなくても本格ミステリは成立する、とうこころみによって、エジプトでの探偵と怪人スフィンクスとの對決という冒険譚のかたちで極上の物語を仕上げてみせた氏の趣向はこの作品でも存分に活かされています。「密室」を成立させるための作り込みもまた周到で、子供の視點で描かれたその夜の不可思議の「奇蹟」が立ち現れるまでのシーンの中にシッカリと伏線が用意されているところは勿論のこと、探偵の推理によってそのひとつひとつの意味が明らかにされた瞬間、密室が現出するための人工的な設定の数々が明瞭なかたちをなして立ち現れてくるという結構も素晴らしい。
このあたりの構築美は「羽球場的亡靈」に一歩讓るとはいえ、本作では特に幼少時の視點から事件のいきさつが語られていくという結構ゆえ、それぞれの動作が全て同じベクトルを向いていることに思い至れば「犯人」の試みもおおよその検討がつくという仕上がりながら、本作の場合、この謎を持ちかけてきた人物もまた「犯人」については誰であるかおおよその察しがついていることは探偵に告白もしているところから、物語は俄然、ハウダニットへと傾いてくるところにもひとつの趣向が用意されています。
「密室」という本格ミステリとしては非常に分かりやすい謎のかたちをとっていることから、本作の眼目を単なる密室の方法を起點にしたハウダニットへと向けてしまうマニアが殆どかと推察されるものの、実を言えば、本作最大の「謎」は、この謎解きを持ちかけてきた件の青年さえも「それ」に氣がついていない、というところでありまして、この妙味をスルーして、「密室」のハウが明かされた瞬間、その一部に某古典ミステリのトリックが流用されているところなどから、それをもって本作の瑕疵とするような非常に安易な評價を下してしまう輩がいないかとそれだけがチと心配、ですよ。
探偵の手によってこの「密室」の謎解きがなされたあと、最後に物語は「犯人」の手記によって、「犯人」がこの「密室」を作り出すことによって守ろうとした「あること」が明かされるというラストは、「犯人」の現在を知っているがゆえにほろ苦くも美しい餘韻を殘します。
何となくこの謎解きの後に明かされる「犯人」の企図や、手記というかたちで「犯人」の意志を明らかにする手法、さらには精緻な推理の過程を丁寧に描き出しながらも、詩的な叙情性を效かせた文体など、讀後感は何だか島田御大の短編を彷彿とさせます。
今年は年頭から冷言氏がブレイクしていることでもあるし、非常に多彩な風格を驅使して樣々な短編をものにしてみせる林氏もまた、そろそろ台湾のクイーン、という一面的な評價から脱して、その一作一作の技巧を味わうべきだと思うのですが如何でしょう、――というか、とりあえずお蔵入りになってしまった短編集をまずはどうにかするべきで、何とかならないものか、とファンの一人としては色々と考えてしまうのでありました。