ジャケ帯に「まさに美しく、端正な本格推理」とある通り、奇を衒わずに正攻法で事件の発端から推理による解決までを明快な結構で綴った作品を揃えた一冊です。収録作は、ホームレス殺しの背後に隠された男の悲哀とトンデモ「ギリシャ羊の秘密」、脱力劇団の団員の転落死体に暗号を絡めた表題作「六人の女王の問題」。
双子を殺しに絡めながら絶妙なずらしの技法が光る「ゼウスの息子たち」、物証の違和感から精緻な推理が流れ出すいかにも法月ミステリらしい「ヒュドラ第十の首」、女王様然とした女優コロシに隠された操りが開陳される「鏡の中のライオン」、意識不明の人物から送られてきたケータイメールという怪異によって二つの事件が重なり合う結構が秀逸な「冥府に囚われた娘」の全六作。
個人的にもっともやられた、と思ったのは「ゼウスの息子たち」で、星座を見立てたシリーズものの中でそれも双子座とあれば、双子の入れ替わりをまず疑ってしまう讀者の思考を先讀みして絶妙なずらしを見せてくれるところが素晴らしい。
ホテルに宿泊した法月探偵が巻き込まれたコロシのガイシャは恐喝を生業をするゲス野郎で、そこ添えられた定番のダイイングメッセージがヒントとなりつつも、物語の中盤では捜査を攪乱してしまうという結構もお約束。偽物芸人など、あからさまな登場人物を据えながら真犯人へと至る讀者の注意をそらしてみせるところも巧みです。
「ギリシャ羊の秘密」も、犯人像は前半からあからさまなかたちで語られているものの、本作ではこのコロシの背後に隠された人間關係と、事件が起こるに至ったいきさつが眞相として開示される展開が見所です。
ガイシャが持っていたブツが推理をあさっての方向へと進めてしまうところや、事件の真相が分かってみればガイシャが相当にアレだったところが判明するという皮肉ぶり、さらには牡羊座に絡めた言葉遊びなど、収録作の中ではもっともニヤニヤ出來る一編でありました。
「六人の女王の問題」も、ガイシャがアレという点では「ギリシャ羊」と同様の風格で、難解な暗号に面食らってしまうものの、事件の主要メンバーである劇団の造詣があまりにアレなところや、ブラックな味わいを添えたオチなど、なかなかに愉しめました。
推理のキレでは「ヒュドラ第十の首」が一番で、容疑者となりえる人物を数人に絞り出してからはアレルギー体質に絡めて物証に残された違和感を起点にして、法月ミステリらしい精緻なロジックが展開されていきます。消去法の冴えが堪能出來る逸品でしょう。
「鏡の中のライオン」は犯人、ガイシャ、そして事件の背後に見え隠れする関係者それぞれの思惑が交錯する様態の解き明かされた刹那に眞相が現出するという結構がステキです。これも作者があとがきで「普通ならサスペンスの文体がふさわしいプロット」と述べているような事件の内容で、何となく倒叙で書かれるべき物語を特異なかたちに崩してみせたような風格と、獅子座ネタが転じて思いも寄らぬ見立てが最後に開陳される無理矢理感も面白い一編です。
「冥府に囚われた娘」は収録作の中ではやや異色ともいえる雰囲気で、植物人間になっている人物からケータイメールが送られてくるという都市伝説的なネタに実際の事件が重なり合い、さらにそれがもう一つの、件の怪異を裏返したような事件へと繋がっていく展開が秀逸です。
いずれも星座の見立てを凝らした佳作揃いで、評論家あたりだと「後期クイーン」「宿命」「操り」なんてあたりで色々なネタを開陳したくなるような作風ながら、犯人当て小説をきっかけにシリーズ化されたという作品だけに、いずれも事件の発端から捜査、推理、解決という本格推理のフォーマットに忠実な作品が揃えられているゆえ、個人的には最近の歌野氏の短編などに見られるような、謎の現出や事件の様態、さらには眞相の開示によって事件の構図が歪みを見せるような趣向を凝らした現代本格を期待すると妙に物足りなく感じてしまうものの、ここは普通に「端正」なに本格推理として愉しむのが吉、でしょう。
とはいえ、犯人当てという縛りから逸脱を見せている作品の方がやはり印象に残ってしまうのは事實でありまして、各人の思惑が事件を意想外の方向に向けていくという事件の構図が素晴らしい「鏡の中のライオン」や、事件が生起するまでの経緯に意外性を凝らすことによって人間の悲哀と皮肉を描き出した「ギリシャ羊の秘密」などが個人的には印象に残りました。
最近は「少女ノイズ」とかこるものとか「ラットマン」とか、「端正」ではない現代本格ばかりを讀んでいるので、その間にこういう作品に接すると何だか妙に懐かしさを感じてしまうのですけど、普通のミステリマニアであれば安心して愉しめる一冊といえるのではないでしょうか。