実はそのウリともいえる密室の様態の特異性ゆえに、犯人は意外と簡単に判ってしまうのですけど、その一方、作者はこの犯人から讀者の意識を遠ざけるために様々な趣向を凝らしていて、犯人当てというよりは寧ろ中心となるトリックの外環を構成する大胆な仕掛けに感心至極でありました。
物語は、ジャーナリスト探偵に美貌の脇役女優がとある相談を持ちかけてきて、――というところから始まるのですけど、この美貌の女優というのがどうやら男二人ン中から未来の旦那を選択せよ、と親から迫られている様子。で、今度親が軽井沢でパーティーをやるので是非是非探偵氏にも出席していただきたいと請われて駆けつけると早速コロシが発生。しかし死んだのが女優の父と母で、見方によっては心中臭い。では真相は、――という話。
勿論ここには女優の旦那候補の二人もいて、それぞれが心中説と他殺説を唱えてみせるのですけど、自信マンマンに心中説をブチあげる野郎の推理はド素人が見たって穴だらけゆえ、コイツはとりあえず論外としても、モウ一人の他殺説を唱える人物の推理はなかなかのもの。特に密室トリックに関しては非常に鋭い「気付き」を添えてロジックを開陳してみせるのですけど、探偵氏の一言によってあっさりダメ出しされてしまいます。
こうした推理合戦という見せ場のほか、本作では探偵と女優二人の「大人の恋愛」が物語に浪漫的な叙情をそえていて、イキナリ燃え上がる二人の秘められた愛はそれだけでも十分ドラマになりえるのですけども、笹沢氏がこうした部分を事件の構図に取り入れない筈がなく、本作ではこれが非常に巧みな誤導として機能しているところにも注目でしょうか。
個人的にはこの密室殺人を行った犯人よりも、寧ろ真犯人の思惑というか感情の方が遙に謎めいていて、どこまでが「本気」でどこまでが「偽り」なのかというそのあたりが最後の最後に、とある人物の出生に関して非情ともいえる真相とともにその真意が明かされる幕引きが美しい。
前半の推理合戦では、心中説を唱える野郎のロジックを、人物の主観に入りすぎていてダメダメ、あんたの考えていることは全て憶測、なんてかんじで、モウ一人の他殺説をブチあげる人物にダメだしされてしまうのですけど、そうした二人の推理とは対照的に、その心情から忖度すれば絶対に真犯人に操られるであろう探偵が、いたずらに関係者たちの内心に探りを入れることなく、その非情さでもって論理的に密室の謎を解き明かすという結構も秀逸です。
解説で柄刀氏もふれている通り、登場人物の相関からしてあの作品を想起させる本作ながら、個人的にはやはり真犯人の心情のどこまでが偽りでどこまでが真実だったのか、という心理的な謎を、探偵のロジックを通過させることで解き明かしていくという結構がツボでした。浪漫と抒情、そして非情が哀しい事件の構図を描き出す本作は、「探偵」小説だからこそその風格が際立つ名品といえるのではないでしょうか。