宝石賞を受賞した表題作「交叉する線」を含む草野センセの短編集。受賞作のほか、佳作入選となった「報酬は一割」が収録されているあたり、キワモノというよりは、基本的に実直な作品を取り揃えた一冊ながら、ほとんどの作品で得意とする鉱山ネタにサスペンス、トリックなど樣々な趣向を凝らした作品が並びます。
収録作は、冬鉱山の管理人をまさかれた氣弱男の元にワルたちがやってきて危機一髮といサスペンス「たった一人の鉱山」、二つの殺人が刑事たちの執念によってタイトル通りに見事な交叉を見せる「交叉する線」、容疑者二人のコロシにアリバイ崩しのサスペンを添えながらその後の真犯人暴露の展開がキモとなる「架空索道事件」。
大金を落とした男とそれを拾った女をめぐるそれぞれの思惑を軽妙なタッチで描いた「報酬は一割」、ある炭鑛夫の壮絶な人生をハードボイルドタッチで活写した「すすき河原に血がしぶく」、四人の容疑者の証言の違和から真犯人を推理するパズル「四つの証言」の全六編。
「たった一人の鉱山」は、冬山の管理をまかされた男の元へ、いかにも怪しい野郎どもやってきて、……という展開からして、この野郎どもが犯罪者であることは明々白々。やがて連中はこの山に隠していたブツを探そうとしていたことを悟るや、主人公の氣弱男は樣々な方法によってこの窮地を脱しようとするのだが、これまたこちらの期待通りにすべてが裏目となってしまいます。
やがて男が考えたあるトリックが見事な効果を上げてメデタシメデタシ、というお話です。手の内を明かしながらも、サスペンスで盛り上げていく結構が盤石で、捻りもなくややストレートに流れるきらいはあるものの、寧ろそうしたレトロ風味が懷かしくも感じられる佳作でしょう。
「交叉する線」は、ひき逃げと炭鑛でのコロシという、一件マッタク関係ないように思えた二つの事件が最後に繋がっていくという、これまた現代本格であればごくごくありきたりな物語ながら、タイトルから想起されるそうした結構でありながら、本作では、刑事の足を使った実直な調査の過程で、二つの事件を繋げる端緒が炙り出されていくという展開がいい。文体も、ときに文學的香氣さえ感じさせる極上のもので非常に讀みごたえのある一編です。
「架空索道事件」は、あるコロシで容疑者が見つかるものの、アリバイの壁があって、……という話。で、容疑者の一人はもう一方が犯人と主張、そして危険を顧みずにそのアリバイ崩しに挑むのですが、ここでもこの男が件の人物から狙われつつも、アリバイをひとつまたひとつと突き崩していく中盤以降の構成がいい。しかし物語はアリバイ崩しだけでは終わらず、ここにまた仕掛けを凝らしてあるところなど、アリバイ崩しを主軸にしながらも、それによって真犯人を見事に隠しおおせている構成がステキです。
「報酬は一割」は軽妙ささえ感じさせる文体が微笑ましい一編で、落とした大金が車で運ばれていって、というトラブルが一轉、そこにある奸計が隠されていて、……という展開ながら、そこに各人の思惑を交錯させてダメ男の受難を最後に描き出すというやるせなさがタマりません。
「すすき河原に血がしぶく」は、本格ミステリ的な仕掛けはナシながら、何だか寿行センセを彷彿とさせる非情に徹したハードボイルド風の骨格と無情感溢れるラストが見事に決まっている一編です。とある炭鑛に流れ着いた主人公が女の方からエッチしてえ、と迫られるモテモテぶりや、これまた寿行センセっぽい村のエロい奇習をリアル感ある筆致で描き出したりといった、仕掛けよりもその文章力だけで押し切った物語がツボ。
これだけの重厚感溢れる物語であれば、長編でも十分に讀める物語へと仕上げることは可能だったのでは、と思われるものの、そこを敢えてバッサリと細部を切りつめて短編にしたところから、無常極まるラストシーンが俄然引き立ってくるという、計算された結構には関心至極。
全体としては得意の鉱山ネタに、サスペンス、謎解き、倒叙などなど樣々な趣向によって愉しみどころを添えた作品集で、草野センセらしさという点では以前取り上げた角川文庫の方がその激しさも含めて大いにアピール出来るところがあるとはいえ、手堅く纏めた一冊という意味では、こちらの方が万人向けといえるカモしれません。