久々の佐々木丸美だったんですけど、正直、怒濤のポエムとアフォリズム曼荼羅のあまりの激しさに讀後はかなりゲンナリ(苦笑)。館シリーズ三部作や孤児シリーズの「雪の断章」ではヒロインの自己チューぶりをニヤニヤと嗤いながら愉しめたものの、今回はヒロインのみならず、登場人物のどいつもコイツもかなりアレで、腹立たしさの方が先に立ってしまってちょっと鬱。
確かにとある人物の入れ替えや操り劇場などミステリ的な趣向を凝らしてはあるものの、そちらは前面に押し出されることなく、あくまでローカル企業の跡目相続に翻弄されるヒロインの内面を「好き好き大好きッ」という例の佐々木節とポエムとアフォリズム曼荼羅によって描ききった「愛の劇場」であるゆえ、ミステリとして讀むとちょっと肩すかしカモしれません。
ローカル企業の跡目相続やら孤児やらと、大時代的なネタが物語の土台を支えている結構は今讀むとかなり昔っぽい風格を感じさせてはしまうものながら、ヒロインの激し過ぎる自己チューぶりなどは昨今のスイーツ娘の思考回路にも通じるものがあるし、これだけのポエムとアフォリズムを鏤めて一編の物語りに仕上げてしまうという豪腕ぶりにはもう完全に脱帽です。
今回、今ひとつ物語りにのめりこめなかったのは、ヒロインのみならず登場人物たちのイヤっぷりがあまりに激しすぎるということもあるのですけど、「雪の断章」とか館シリーズでは、「好き好き大好きッ」というヒロインのレブリミットな恋情「だけ」が物語のテーマにも繋がる因果な愛を支えていたところを、本作ではそうした「好き好き大好きッ」にくわえて、ライバルとなる娘への激しい「呪詛」をくわてあるところが新基軸。
ローカル企業の跡目相続という「大人の事情」とヒロインの「好き好き大好きッ」という「幼心恋情」を対蹠させて物語が展開していくところが本作の見所でもある譯ですけども、佐々木ワールドならではピュアな恋情が、そうした大人の事情に毒され、時に燃え上がる呪詛へと轉じるところにはもうタジタジ。
憎っくき弥生め。全部私に叱責を押しつけて。おのれ、恨み晴らさずおくものか。
おのれ弥生! さんざん横取りしておきながら今度は両親まで横取りするの?!
尊敬と愛を知らない混血慕情で苦しむがいい。正しい愛の陣痛をしない恥に苦しめばいい。良心は翼をもぎ常識は櫓を奪うだろう。あんたなんか嵐につっこんで墜落してしまえ。
なんて言葉を呟いていたかと思うと、またその次の頁では行間に紅薔薇白薔薇が乱れ咲く佐々木節で怒濤の恋情ポエムが書き綴られるという結構には完全にお腹イッパイで、「私に点火された神秘な炎、それは恋へ友情へ、人の世の縁へ、歩める限り慈悲の愛を灯してゆけとささやく。私にそのチカラがあるならば、雪よ、純白の教典を綴ってください」「それまで眠れ。大樹にいだかれた自然の法衣につつまれて」「あなたは愛の錬金術師です」「グッド・バイ、季節の演奏者たち」「北の都に咲くますらお精神、吹雪のように私の青春に花ひらけ」「私は恋の放火犯、そして恋の船長。青春のまっただ中へつき進め」「肥沃な愛の大地の片すみで私はあなたの命令を待っています」「時を越え空間を越え、あたかも空間宇宙を満たすエーテルのように、神秘な合引力で惑星をつかまえるブラック・ホールのように、私とあなたはひとつの宇宙なのです」「私たちが生きるのは善悪の葛藤ではありません、いかに愛し真実を燃焼させ、その燃えかすの空しさから安らかな天空涅槃へとたどり着くことです。愛におののかないでください、私を見てください」「そのとき私の宇宙は光に満たされ、純愛の鐘楼は高らかに鐘を鳴らすでしょう」……なんて言葉が何かあるたびに綴られる文章はミステリとしての趣向が残されていた館シリーズや「愛の断章」ではまだ無理なく讀み通すことが出来たものの、本作では登場人物のいずれもがイヤキャラという物語りゆえ、かなり讀者を選ぶのではないか、という気がします。
ミステリ的な仕掛けとしては、ある種の操りを交錯させているところが見所で、ローカル企業の跡目相続という「大人の事情」溢れるドロドロのさなかに、その対極の思考――すなわち「愛は結局あらゆる行動の元素」と嘯くヒロインをブチ込むことで讀者の思考を強引にこのイヤキャラのヒロインの主観へと導いてみせるところが秀逸ながら、本作の場合、ミステリの趣向云々以前にそもそもこのイヤキャラたちの織りなす仮面劇の壮絶さにタジタジとなってしまうゆえ、最後の方は誰がホンモノなのかとかそんなことはどうでも良くなってしまうところがまた何とも(爆)、――とはいえ、ミステリを離れて讀めば、ドロドロ劇に翻弄される人物たちの悲劇的な物語としての要素はかなり重く、個人的には創元推理文庫の一冊ながら、敢えてミステリからは離れた讀みをオススメしたいと思います。ただその怒濤のポエムとアフォリズムに胃がもたれること確実ゆえ、マッタリと少女漫画チックな物語を愉しみたい、なんて甘い気持ちで取りかかると大火傷するカモしれませんのでご注意のほどを。