一応ブログには「本」と「音樂」と入っているのだから、今年はキチンと、ミステリだけではなくもう少し音楽まの方も取り上げていきたいと思ってます、――ということでまずは先月リリースされた陳綺貞の新作から。「華麗的冒険」のタイトル通りの「華麗」な雰囲気に比較するに、本作は一聽すると地味な印象を受けてしまうものの、ここ一週間ほどずっと聽き込んでみた限り、個人的にはかなりのお氣に入りで、もしかしたら今までのアルバムの中では一番のお氣に入りになりそうです。
全体を通して聽くと、「吉他手」から顕著に感じられたエレクトリックギターをフィーチャーしたハードな風格はやや後退して、寧ろファースト「讓我想一想」への原点回帰をも感じさせる雰囲気が濃厚です。それは特に流麗なストリングスを大胆に導入してしっとりと歌い上げる曲に顕著で、例えば二曲目の「狂戀」などはそうした風格でしっとりと盛り上げていく展開が素晴らしい一曲です。
またアルバムの構成も非常に秀逸で、静的な「手的預言」から始まり、二曲目の「狂戀」と、流れるようなストリングスで落ち着いたムードを出しているところから、「太陽」へと繋げていくという動靜、緩急を交えた楽曲の見事さ。
「太陽」は、「華麗的冒険」ではどちらかというと室内楽的な味つけでギターや他楽器に配慮したアレンジで纏めていたところを、オーケストラふうのアレンジを導入することで、また一歩新たな新境地へと踏み出した現在進行形の彼女の曲風を一杯に堪能出來る名曲でしょう。曲の終盤、サビの部分から低調へと流れ、それをストリングスによって劇的に転調させるような盛り上げ方は以前の彼女の曲にはなかったところでありまして、このあたりが新境地。この収録曲ではこうしたストリングスをフックにした劇的な雰囲気のアレンジで決めていますけど、ライブでは一轉、これを彈き語りにしていて、これがまた違った味わいがあったりして素晴らしい。アレンジの違いだけでいかようにも變化するという懷の深い一曲です。ちょっと探したら、YouTubeにMTVのプロモビデオがあったので、リンクしておきます。
「魚」は、これまたつま彈かれるギターと控えめに添えたストリングスが魅力的な佳曲で、「旅行的意義」などの定番的な雰囲気が強く、彼女の従来からのファンも安心して聽くことが出來る一曲です。この曲もギターソロの部分での、弦楽器とギターとのバランスが見事で、アレンジの妙が光ります。
「距離」も、つま彈かれるギターと、以前よりもややトーンを落としながらも可愛い雰囲気を残して歌われる彼女の歌声が印象的な一曲。本作が地味に感じられるのは、セカンドの「還是會寂寞」のように、可愛い声でポップス調に歌う曲が少なく、どちらかとというとそうした感情的な部分を抑えた楽曲が多いからかな、という気もします。
「倔強愛情的勝利」も、「距離」と同様、セカンドの雰囲気を思い出させてくれる一曲ながら、もしこの曲が「還是會寂寞」に収録されていたら、もう少し可愛い声を際だたせて歌ったんじゃないかな、と考えてしまう一曲。個人的にはこうした落ち着いた歌い方の方が、今の彼女の曲としてはしっくり來るんですけど、モノトーンのような感情を抑えた歌い方は、昔からのファンの間では賛否両論分かれるような。
「失敗者的飛翔」も間奏もストリングスが美しい一曲で、緩急を抑えた雰囲気が彼女のつま彈かれるギターと絶妙のマッチングを魅せています。「下個星期去英國」も、前の「失敗者的飛翔」同様、しっとり歌い上げる静的な一曲で、この落ち着き方がやはりファーストへの原点回帰を思わせます。
「lin一種平靜」は落ち着いた歌唱法はそのままに、今度はエレキが加わることで、ゆったりと、たおやかに歌いあげる彼女の声もどこか艶めいた感じられるところが個人的にはツボ。またハモンドの添え方はセカンドからサードまでと同様、絶妙なアレンジを堪能出來るところも、派手さは抑えながらも楽曲としての完成度はなかなかに高い一曲です。
ここまではファーストっぽい、落ち着いたかんじだったのですけど、続く「煙火」は、そうした抑制的な軛をいっさい取り払って、タメバク系に盛り上がる一曲です。「Sentimental Kills」のようにギターを派手に掻き鳴らしながらも、しっかりと流れるような弦楽器が彼女の歌声を支えているところは「華麗的冒険」と異なるところでありまして、歌唱法も「Sentimental Kills」ほど無理矢理感漂うエグさ(だがそれがいい)はありません。
そして最後の「一首歌,讓ni帶回去」は、「太陽」と並んで収録曲の中ではお氣に入りの一曲で、冒頭のピアノの美しさ、そして曲空間を漂い、飛翔する彼女の歌声の素晴らしさなど、ファーストに顕著だった静的な雰囲気へさらに情感たっぷりのストリングスをフィーチャーしたところはもう完璧。
前作「華麗的冒険」は傑作で、ロックギターはよりギターらしく、つま彈かれるギターはより抑制的に、というメリハリのつけられた構成は一聽してきらびやかさを感じさせたものの、自分のようなオッサンにはブッ續けて聽くとやや疲れてしまったこともまた事実。その点、「陽」の「華麗的冒険」に比較すると、月明かりのような陰影が見事な本作は「陰」ということになるでしょうか。
「一首歌,讓ni帶回去 」の終わり方があまりに美しいので、ついついはじめの「手的預言」に戻ってまた聽いてしまう、――という麻薬的効果が素敵なアルバム、といえるでしょう。「華麗的冒険」に比較すると、地味で一聽しただけではあまりピン、と来ないかもしれません。ただこのアルバムは何度も聽き込むことで、そのアレンジと楽曲構成の巧みさが伝わってくるという一作ゆえ、まずは三度ほど繰り返し聽いてみることをオススメしたいと思います。