これは思わぬ掘り出し物でした。確かに草野センセらしいキワモノ風味が感じられる作品も収録されているとはいえ、詩情を添えた文学的香気さえ感じさせる逸品や、各人の思惑が交錯して奇怪な事件の構図をつくりあげる結構が光る作品など、変格キワモノのみならず、正統派としての草野センセの潜在能力がイッパイに発揮された一冊です。
収録作は、奇妙な心中事件の背後に隠されていたある人物の奸計を二段重ねの結構で見事に描き出した傑作「移りゆく影」、あの手この手で命を狙われる作家センセの暴走から思わぬ人物の暗い思いが浮かび上がる表題作「罠」、温泉宿でマッタリしていた作家センセが色仕掛けに惑わされるもその眞相は意外にも……「死に花」。
大蒜爺の密室死が轉じて思わぬトリックが明かされる「冬宿」、妻の蒸発した家でたびたび発生する怪音の正体にキワモノの絶妙なスパイスを添えた「怪音」、作家センセの残した創作メモの内容通りに事件がリアルで發生したという謎に挑む「ワープロ探偵」、タイトル通りに、試合中のプロボウラーの奇怪な死に隠されたトリックを正統派の結構で見せてくれる「プロボウラー殺人事件」の全七編。
前半の作品は、その詩情を湛えた情景描写の書き込みや、事件に添えられたトリックよりも、寧ろ事件の構図に趣向を添えてそこから人間の不可解とおかしさを描き出した風格が際立ち、草野センセといえばまずキワモノ、と考えていた自分としては非常に新鮮な気持ちで愉しむことが出來ました。
「移りゆく影」は確かに冷静に考えてみれば、ネクラ男の見合いや、ズケズケと色々なことを詮索してくるアレ女の見合い風景、さらには社員旅行先でセクハラ上司にキスを迫られ乳を揉まれる娘っ子の受難などアレっぽい描写も前半には散見されるとはいえ、そうした描写も愉しめる前半に、件の心中事件へと絡んでくる人物たちを点描するとともに、後半ではそこに謎めいた人物の告白によって事件の構図を明らかにするという考え抜かれた結構が素晴らしい。
さらに事件の真相が開陳された後もそれで幕とするのではなく、さらにそこへもう一つの奸計を仕掛けることによって見せてくれるというサービス精神も見事で、讀者をとにかく愉しませてやろうという草野センセの意気込みがイッパイに感じられる逸品でしょう。
表題作「罠」は作家センセが何者かに様々な方法で命を狙われるくだりが描かれていくものの、これは視点を被害者である作家センセに固定して容疑者を絞り込んでいくという展開がいい。この誤導が後半イッキに明かされていく意外な人物の奸計へとなだれ込んでいく結構もなかなかのもので、最後の一行に絶妙な幕引きを用意することで物語全体を引き締めているところも心憎い。
「死に花」はその主題とともに、文学的香気さえ感じさせる情景描写が光る一編で、作家センセが投宿した温泉地である女と知り合うも、実はその女というのは、……というところから作家センセ受難の物語かと思わせておいて、この後、意外な事件が明かされます。そして時を経て女と再会した男がとった行動と、女にも明かされなかったある事実が人生の無常を描き出すという幕引きの見事さ。個人的には収録作の中では一番印象に残った一編です。
ここからはトリックに重きを置いた作品が並べられていくのですけど、「冬宿」は自殺かと思っていた大蒜爺の密室死が刑事の捜査によって事故かコロシかと二転三転を見せながら、最後に意外な「トリック」によってこの爺の死の眞相が明かされます。密室そのもののトリックはシンプルながら、寧ろ迷走する捜査の先に立ち上がってきた眞相の「無邪氣」さにちょっとゾッとなってしまいました。
「怪音」は、妻の蒸発というネタに、ドーンという奇怪な家鳴りの怪異を絡めていくのですけど、ここではポーの「黒猫」を挙げて隠微な犯罪構図をにおわせつつ、件の怪音に二段重ねの眞相を用意してある構成が面白い。最後に出てきたブツのウップオエップなシーンには草野ミステリならではのキワモノ風味がイッパイで、それと同時に件の怪音の眞相が判明するというラストも秀逸です。
「ワープロ探偵」は、入院中の作家センセが残した創作メモ通りの事件が実は發生していて、……というところから、その事件の謎解きがなされていくのですけど、そこにワープロという懐かしマシーンを添えてシンプルなトリックを見せた一編。変態の性嗜好など、草野センセらしいキワモノエロスを添えた眞相はある種の脱力を喚起するものの、これはこれでフツーのミステリとしても纏まっているからいいのカモ。
「プロボウラー殺人事件」はベタなタイトル通りに、収録作の中ではもっともパズラー的要素の強い一編で、試合中にライバルのプロボウラーの一人がかなりアレな事故死を遂げるものの実は、――という話。最初は事故と思っていたのに、その事故にはとある人物のトリックが仕掛けられていて、……という流れが途中である事実が明かされるやマッタク違うトリックへと流れていくという唐突さに驚いてしまうのですけど、犯人を限定していく推理などには「ワープロ探偵」同様、実直さもシッカリと披露されているところが好印象。
キワモノばかりではなく、正統派の風格でも見事な冴えを見せてくれる佳作揃いの一冊で、草野センセって、いったいどんな作風なの? なんて興味を持たれた本讀みの方には草野ミステリ入門編としてもオススメできるかもしれません。個人的には、「推理喫茶録音テープ殺人事件」みたいな投げやりな文体とは大きく異なる、詩情溢れる作品世界も素晴らしい前半の作品群は一讀の価値アリ、だと思います。