東氏の巻末解説にある「優霊物語」という言葉に惹かれて購入。荻原氏の小説は初めてながら、まさにジャケ帶にある通りに「可笑しみと哀しみを見事に描いた傑作短編集」で、堪能しました。
収録作は、終戦の滿州を舞台にママのつくる怪しいスープにアレネタが彈ける物語かと思いきや、一人語りに凝らされた真相に驚愕してしまう「お母さまのロシアのスープ」、女一人に男二人と中井御大だったらこの「二対一というこの永遠に陳腐な図式」に悪魔主義的な短編を開陳してみせるところを悲哀を効かせた「優霊物語」へと見事に纏めてみせる「コール」、引っ越した先に何ともカワイイ幽霊がいて、――という物語にこれまた予想外の真相を開示して驚かせてくれる表題作「押入れのちよ」。
引っ越した先にずっと居着いている老猫に家を乘っ取られる恐怖を描いた「老猫」、最後の晩餐に相手のコロシを込めて毒を盛った夫婦の顛末を黒い笑いへと昇華させた「殺意のレシピ」、惚け老人となりはてた義父の介護にブチ切れた鬼嫁の惡行が勸善懲惡の恐怖譚へと轉じる結構が痛快な「介護の鬼」、コロシを果たしたものの、思わぬ訪問者に狼狽至極の主人公の振る舞いをユーモラスに描いた「予期せぬ訪問者」、かつて神隱しにあった妹を捜しにかの地に戻った主人公が知ることになった真相とは「木下闇」、死者と生者のあわいに漂う哀しさをイッパイに効かせたゴースト・ストーリー「しんちゃんの自転車」の全九編。
冒頭を飾る「お母さまのロシアのスープ」は、終戦後の滿州を舞台にした、収録作の中でもやや異色ともいえる物語で、嚴しい寒さの中に暮らす極貧家族の困窮ぶりを、幼い子供の語りによって描き出す、――というのがおおよその結構ながら、客人が訪ねてくるたびに振る舞われるママ特製のスープに、おそらくのこのタイトルにもなっているスープというのはアレだろうな、というふうに讀者を誘導しながら、やがて明らかにされていく語り手の子供の正体が吃驚な真相へと落ちる幕引きがいい。こうした真相が隠されていたとはつゆしらず、件のスープのネタでそれっぽいところを匂わせながら、まったく予想もしていなかったところでこうしたネタを明らかにしてみせるという仕掛けが秀逸な一編です。
「コール」は、仲の良かった男二人女一人の仲良し組からやがて夫婦が生まれるものの、こうした図式では当然ながら、余りになったもう一人も彼女のことを好きだったというのが定番でありまして、実際本作でもその通りなのですけど、この物語では結ばれた夫婦のうち、旦那の方がご臨終となってからの物語。
そのあいだに三人の過去が懷かし風味も誘えて語られていくのですけど、語り手がそれらを回想していくところへおかしさをを添えながら、ここでは未だ大泣きへと轉がることはありません。この幽霊としての存在が外界に働きかけることは出來ずとも、生きているときと同樣、その五感によって世界のいまを感じ取ることが出來るという幽霊の設定が素晴らしく、それが最後にイッパイに効かせた悲哀へと流れて幕となる結構がいい。
「押し入れのちよ」は、貧乏男が引っ越した曰くつき物件に實はカワイイ少女の幽霊が棲んでいて、――という話。この幽霊の娘の、カルピスにむせたり、ハムスターみたいにジャーキーにかぶりついたりする仕草がとてもかわいく、もう、この娘の振る舞いと語り手とのやりとりのおかしさでも十二分においしい逸品ではあるのですけど、やがて明らかにされていく娘の死のいわくにさりげない哀しさを添えながら、物語の最後の最後にチと吃驚なオチを見せてくれます。このあたりの結構は、「お母さまの……」に近く、物語の大きな流れに身をまかせていると、最後の最後に隠されたネタをイキナリ開陳されて吃驚、というサービスぶりが堪りません。
「老猫」は正調的なホラーともいえる佳作で、亡くなった叔父の家に家族揃って越してきたものの、その家にいた老猫が何やら非常にヤバい空気をかもしていて、……という話。次第にこの老猫に家族を乘っ取られていく様がイヤーな感じで描かれていくという定番の流れがいい。
「殺意のレシピ」と「介護の鬼」、「予期せぬ訪問者」は、いずれもブラックな笑いが光る作品で、「殺意のレシピ」は、お互いに相手を殺そうともくろむ夫婦のやりとりが面白い。旦那は釣ってきた魚をネタに妻の毒殺を考えており、一方の妻はそうした旦那の奸計をシッカリと見拔いてい、山菜をつかって相手を殺そうと思っている。果たして、――という話。企みが相手に見拔かれて脱力のオチへと流れていきます。
「介護の鬼」は、イヤ嫁の義父いびりが激しい一編で、惚け老人となりはてた義父の下の始末までをしなければならない嫁の気持ちが非常にリアルな筆致で語られていくところがいいカンジ。しかし国体出場経験まである「關節技の鬼」だったという義父の設定が後半に発動して、黒い幕引きを迎えるさまなど、イヤ感を効かせたオチもいい。キワモノ小説としても十分に愉しめる逸品でしょう。
「木下闇」は上質な幻想ミステリとしても素晴らしい物語で、かつて神隱しにあって失踪した妹の行方を捜そうと思い立った姉が再び彼の地を訪ねていくのだが、……という冒頭から引き込まれてしまいます。そこに聳える大樹には何か曰くがありげで、どうやら妹の失踪にも絡んでいるらしい。そこで姉はある決意をもってこの大樹に挑むのだが、……というフウに怪異を添えた恐怖小説かと思わせておいて、妹の失踪にミステリ的な結末を用意しつつ、またもう一重、怪異でくるんだ結末によって物語は不気味な雰囲気を添えての幕となります。
「優霊物語」としても秀逸な表題作や「しんちゃんの自転車」、「コール」は勿論のこと、ブラックなキワモノ小説としてもいい味を出している「介護の鬼」や、幻想ミステリの香氣漂う「木下闇」など讀みどころも多く、ホラーファンのみならず、表題作や「お母さまのロシアのスープ」など、意外な真相を用意した仕掛けに、案外、ミステリファンも愉しめるような気がします。オススメ、でしょう。