2009年最初の讀書は我らがキワモノマニアの女王、戸川女史の長編から。本作、下卷のジャケ帶には「五百年の悪魔の予言に導かれ」なんてややネタバレめいたことが書かれているものの、例によって樣々な昭和エロスをブチ込んだ闇鍋的雰囲気が濃厚な物語で、上卷の、ごくごくフツーのOLがバイトで秘密ショーに出演したばかりにトンデモな事態に巻き込まれて、……という展開は、「狩りの時刻」を彷彿とさせるものの、見えない聞こえない話せないという三重苦の青年を相手に演じられる奇天烈ショーから始まるエロスのテンコモリは、今讀んでも幻想怪奇というよりは単なるポルノ小説。
しかしこの一見するとグテグテに思える物語のハジけぶりをいったいどのように解釈すれば良いものか、ごくごくフツーの小説しか読み慣れていない御仁は頭を抱えてしまうこと間違いなし、さらには秘密ショーに出演をオススメした後輩が奸計によって植物人間になってしまうと、ヒロインはただただこの異常事態に流されるまま男に体をまかせていくという展開です。
予定調和を完全に放擲したといえばその通りにも見えるし、またヒロインに何か危機が迫るたびに新しい人物が登場して変態遊戲に戲れるというルーチンが繰り返されるだけの結構にも思えるし、――と、謎も伏線もマッタクないように思える上卷の物語が、下卷にいたると、ヒロインはフランスに逃れ、そこから想像の遙か斜め上を行く陰謀劇へとハジけていきます。
しかし前半ではそうした物語の背景をいっさい明らかにしないまま、――もしかしたら、戸川センセ、前半部は何ンにも考えないまま、ただだたエロっぽいシーンだけを書き連ねてただけなんじゃア、なんて想像が軽く頭を過ぎってしまうのですけども、実際、昭和エロスをイッパイに効かせた変態萬華鏡のシーンの密度は相当なもので、乘馬服をシャッキリと着込んだヒロインが爺相手に騎乗位で恍惚と鞭をふるい、擧げ句に腹上死した爺戀しさから病院の死体安置所より運び出した死体を相手にこれまた件のエロ・シーンを再現させたかと思うと、今度は潛水服にピッチリと包まれた肉體を強姦したり、……といった倒錯的なエロスのほか、戸川女史のキワモノ小説ではお馴染みの着ぐるみもシッカリと用意されているあたりに拔かりはありません。
しかし理解に苦しむのが、このヒロインはいくらでも窮地を抜け出す機会があるものの、そのたびに周囲に助けを求めて、……というか、エロい下心イッパイの連中から手を差し伸べられるとアッサリとそれに応じてしまい、またまた新たな受難に卷きこまれてしまうという展開の繰り返し。
もっともこうしたヒロインの行動の違和感が、最後の最後には策謀と操りの強引技によって、単なるエロ小説がイッキに幻想小説か、はたまたSFの意匠を纏った物語へと變幻してしまう後半の展開は本作の見所のひとつでもあり、昭和エロスに着ぐるみ嗜好、整形変身といった戸川ワールド趣向のほかにも、死体愛好や人肉食といった強烈な異端を豐潤なエロスの情景に鏤めつつ、物語の背景を炙り出していく手際は秀逸です。
さらには、プロローグともいえる物語の冒頭のシーンで秘密ショーを演じることになる女性は物語の前半で早くも植物人間になってしまい、彼女がヒロインなのかと思っていた読者を唖然とさせるという歪な結構に、實はこの物語の後半に開陳される操りの真相が大きく絡んでたりと、フツーの読者にはアブない薬をキめて書いたとしか思えないグタグタな前半の展開が奇妙な陰謀策謀の摂理によって全て回収されてしまうという強引技も素晴らしい。
しかしこと上卷に關しては、そうした背景を探るような読みよりは寧ろディテールに目を凝らして戸川女史が奔放自在に描き出すエロチックなシーンと登場人物たちの變體嗜好やその言動に翻弄されるのが吉、でしょう。
上卷の後半からは、ヤクザな警察に目をつけられたヒロインがアブない薬のシンジゲートを暴くべく、マッサージ師を志願するのだが、……って簡単に纏めてしまうとこれまた訳の分からないものになってしまうのがアレながら(苦笑)、海外編とでもいうべき下卷に流れてからは、エロスとともに、ヒロインを秘密ショーに誘い込んだ男が狂言回しとなって、不可解な陰謀が暴かれていきます。
このミステリ的な手法を導入した後半の展開が、上卷のエロ・シーンをテンコモリにした流れとは解離しているところがまた奇妙な味を出していて、ヒロインが強制整形によって自らの顔を失い、さらには記憶をも失ってしまうという謎を、この探偵役ともいえる男の視點から描いていくというフウにすれば「猟人日記」的なミステリに仕上げることも可能だったのではと推察されるものの、そうした安易な結構に流されずにやや強引とも思えるかたちで、ヒロインが奇妙な出来事に翻弄されながら自我を喪失していく過程に伴う違和感を「透明女」にも通じる巨大な陰謀劇へと轉化させてしまうところは本作の後半の見所でしょう。
逆にいうと、こうした予定調和を退けた結構ゆえに、ミステリともSFとも括れない味を釀しだしているともいえる譯で、これがまたジャンル化が進んだ現代においては戸川女史の小説の評価を難しくしている理由のような気もします。奔放な昭和エロスと奇妙な魅力溢れる本作、「透明女」や「狩りの時刻」のような変態キワモノな風格がタマらないという方にこそオススメしたいと思います。