トンデモ冒險譚が素晴らしい「 第一巻 少年探偵・春田龍介」に續く、――といっても、この前にホームズものがあるのですけど、アンマリ興味がないのでそちらはスルー。本作もまた第一巻にも劣らぬハじけまくった冒險譚あり、怪奇探偵小説という言葉に相應しい怪異によって提示される謎が鮮やかな推理の技巧によって解明される短編もありと素晴らしい一册で、堪能しました。
収録作は、春田龍介ものを彷彿とさせる陰謀とオノマトペまみれの活劇が大爆発する凄まじき冒険物語「南方十字星」、フランケンシュタイン・リスペクトながら、そこにミステリ的な仕掛けを凝らした結構がまさに怪奇探偵小説のお手本のような手堅さを見せる「甦る死骸」、これまたマネキン絡みの怪異に犯罪を添えて推理の技巧を凝らした「化け広告人形」、日常の謎的ともいえる輕微な謎から文豪周五郎お得意の陰謀が繙かれる「美人像真ッ二つ」。
虫虫大好きの変態男と虫トリックの不可解な犯罪に悪魔主義的な愉樂がステキな「骨牌会の惨劇」、トリックという点では収録作中、もっともミステリ的な技巧が冴えている「殺人仮装行列」、亡命王子樣を狙う一味との打々發止の驅け引き「謎の紅独楽」、開墾現場に現れた恐ろしき魔物の正体とは「荒野の怪獣」、蛇の魔物の正体が悲哀を込めたバカミス的な真相によって明かされる「新戦場の怪」、ネタ的には本作収録の作品の中では違和感ありまくりながら、文豪活劇ミーツ・ウルトラQ的な奇想が素晴らしい「恐怖のQ」の全十編。
今回は特に末國氏によるセレクトと作品の配列がまず素晴らしい。最初を飾る「南方十字星」は、第一巻の春田龍介シリーズのような冒険活劇もので、例によって謎の秘宝に陰謀を絡めて主人公の少年たちとワルどもがテンヤワンヤに海上、秘島を驅け巡るという逸品です。
ワルの武器がレトロチックな中にも昨今のトンデモでは定番の電磁波ものを彷彿とさせるところもナイスで、最後の最後に登場する怪獣の大暴れをこれまたハジけまくったオノマトペとともに活写してみせるところも言うこと無し。
「だだだだ! だだだだだ!」「ぱぁーん!」「ダダダダ!」「ビュッ! ビュッ!」「たたたん! たーん!」「わあっ、わっ!」「たーん!」「ばりばり、ぱあーっ!!」「ピシー!」「ヴォー!! ガウガウ、キーイッ!!」「ガウガウ、キーッ、キーッ」「ガーッ、キーッ」「のがさじ!」「そら! ダダダ!」「ダダダダダ!!」「がうがう――ぎぎぎ!」「ずずず――ん!」、――とまア、例によって例のごとく、文豪周五郎のオノマトペをずらりと並べただけで本作のだいたい雰囲気を・拙んでもらえるかと思うのですけど、息もつかせぬという言葉通りに場面が変わる暇もなく活劇が始まり、「だだだた! だだだだ!」と鐵砲玉が亂れ飛ぶという展開の激しさに加えて、本作の後半には「がうがう」と雄叫びを上げながら怪獣までがご登場、という大サービス。
春田ものと違うのは、主人公の少年が春田ほど高飛車、生意気ではないところで、凛とした美しさの際だつボーイのお姉さんも含めて、登場人物たちの魅力溢れるキャラにも注目でしょう。この「南方十字星」に限らず、周五郎の描く女性たちの控えめでありながら凛然としたたたずまいがこれまた和モノ美人の典型ともいえる素晴らしさで堪りません。
續く「甦る死骸」からはガラリと雰囲気を変えて、怪奇探偵小説という言葉に相應しい作品が揃えています。特に「甦る死骸」は、前の「南方十字星」のハジケまくった冒険活劇の餘韻が頭に残っているまま読み始めたものですから、後半に展開される推理劇には大いに驚かせてもらいました。
物語は、犯罪者の屍體を甦らせるという実驗を敢行、そしたら何と、本当に野郎は甦ってさっそく実驗に參畫していたメンバーが殺されて、――という話。いかにもフランケンっぽい展開で、怪奇趣味を煽りつつ、後段ではそれらの怪異がミステリ的な謎解きによって解き明かされるという結構です。
実際に開陳されるトリックは定番ものであるとはいえ、そこに犯人の思惑をはずれたアクシデントや、陰謀劇を交えて騙す方、騙される方との打々發止の驅け引きを添えながら物語を盛り上げているのが本作に収録された作品の秀逸なところでありまして、「骨牌会の惨劇」では、虫が大好きな変態野郎が周圍の女に片っ端から求婚を仕掛けるものの盡くダメ出しをされた擧げ句、――という話。
虫男はこちらの期待通りに毒蟲を宴席で女に差し出すのですけど、ここに悪魔主義な因果應報、ともいえるオチを添えながら、その背後でとある人物の思惑が進められていたことが明らかにされていきます。
「謎の紅独楽」は亡命王子樣にそれを狙う輩どもという、冒険活劇ものでは定番ともいえる陰謀劇を交えて、そこに極上のトリックを仕掛けた物語。これもまた物語の視点から離れた水面下で進行していた思惑が後半で推理とともに明かされるというスマートな構成で、陰謀と活劇の背景がこうした仕掛けをすっかり隱し仰せているところが見事、という一作です。
「新怪獣の怪」は、「荒野の怪獣」と同樣、噂の怪物の正体は、という一編ながら、その真相たるやバカミス的でありながら、最後に登場人物の一人が口にする「伝説が人を殺す場合もある」という言葉通りに、何とも哀しいものであるところがいい。確かに解説で末國氏が述べている通りに、フツーの「ミステリーとしてはアンフェア」な真相ながら、バカミス的な視点で見れば個人的にはこれもアリで、ここではこの真相ゆえに際だつ悲哀を味わうのが吉、でしょう。
最後に「恐怖のQ」という奇天烈な一編を持ってきたところが末國氏の手になる編纂の妙でありまして、テンヤワンヤの展開は「南方十字星」に典型的な周五郎ワールドながら、「甦る死骸」以降の怪奇探偵小説を數遍讀みすすめた最後にこの作品を讀んでみると、いったい「真相」はどのあたりに着地するのか、とワクワクしながら腦内サスペンスで盛り上がれるところが個人的にはツボでした。実際は怪奇探偵とはいえウルトラQといったかんじのネタなのですけど、レトロな風格も極上の妙味を添えていて、これはこれでアリかな、という気がします。
「南方十字星」のハジケっぷりは第一巻が愉しめた讀者は安心して手に取ることの出來る逸品ですし、怪異と謎解きというスマートな結構が樣式美にも感じられる怪奇探偵小説の数々も魅力的、という譯で、キワモノマニアのみならず、懷かしの探偵小説をご所望の御仁にもオススメできる一册といえるのではないでしょうか。