朝山蜻一といえば、幻想的なエロスと被虐趣味とボンテージがゴッタ煮となった風格がキワモノ的な恍惚を誘う「白昼艶夢」に収録された短編の数々の印象が壓倒的でありまして、昭和ミステリ秘宝のシリーズとしてリリースされた一册はどうにも影が薄くアマリ印象に残っておりません、――というか、小栗虫太郎の入門書としても相應しい「失楽園殺人事件」と「二十世紀鉄仮面」の二冊や泡坂妻夫の「斜光」など、「秘宝」というキワモノ的なスメルを発散している言葉とは裏腹にマニアックながら非常に堅實な名品を取り揃えているところがこのシリーズの魅力でもありまして、キワモノスリラーの女王、戸川女史の作品でも、「夢魔」のような長編や「霊色」「ブラック・ハネムーン」、「嬬恋木乃伊」などの短編集から凄まじいキワモノミステリをセレクトするのでもなく、「火の接吻」という、ごくごくアッサリとした作品を並べているところからもそのポリシーは明らかでありましょう。
そんな中、香山滋の「魔婦の足跡」以上にキワモノ的な魅力をビンビンに釀し出し、シリーズの中でも浮きまくっているのが本作でありまして、特許で大儲けした野郎が俺樣こそが法律という秘密の島を創設、そこに女を輪姦したという愚連隊どもが連れ込まれて、――という物語です。
その秘密の島では、男も女も下着を纏うことも許されず、スッ裸でいつでも何處でもやりたい放題という、エロ野郎にはタマらない癡情、地上の樂園を謳い文句にしながらその実、女はすべて野郎どもの性奴隸であるべし、というこちらの予想を裏切らない展開で魅せてくれます。
ミステリとしては、愚連隊どもが件の秘密の樂園へと連れ込まれる前に輪姦した女が謎の死を遂げていて、その犯人は誰、というあたりがほのめかされているものの、島に辿り着いたら皆が皆スッ裸になって、パートナーと時に哲學的な問答を交わしながらヤリまくるという結構でありますから、冒頭に提示されていたコロシの真相などスッカリ忘れてしまいます。
しかし最後の最後、愚連隊どもが島のメンバーに加わったことで、住人たちには不穩な空気が流れ出し、女の取り合いや嫉妬、さらには権力志向という、社会の束縛から解放されんがための樂園のシステムも結局はゲスい人間どもの思惑によって崩壞していくという、これまた予想通りの展開を見せるものの、最後の最後になって意想外なところから件のコロシの真相がこの作品の風格に相應しいエロっぽいトリックとともに明かされるところにはチと吃驚。
しかし全員が裸、裸、裸では、どうにもエロっぽさが感じられず、いかにも作者らしいコルセットフェチや、女の腹を踏みつけるという被虐プレイも開陳されるとはいえ、皆が皆胸もアソコも晒しているような原始人的シチュエーションにはどうにも興奮出來ません。社会から隔絶したエロ王國という、寿行ワールドを彷彿とさせる物語世界を構築しながらも、やや哲学に傾いたエロスを添えているところが本作の風格でもありまして、
粕谷は死んだ。しかし彼の精液は、この女の性器の中で生きたまま養われている。粕谷の一部分が、この女のからだの中で、まだ生きているのだ。この柔らかさはそのためだろうか。これから俺の精液も、女の中へ入っていって、粕谷にめぐり合い、やあ今晩はっていうようなもんだな。そして血のように渾然と一つになってしまうんだ……。
なんてかんじで、女とエッチしながらも哲學的な内的思索を語り出す登場人物もアレながら、精液を擬人化して「めぐり合い、やあ今晩は」と口にするなんていう、「やる気まんまん 」的妄想もちょっとアレ。
コルセットでギュウギュウにウェストを締め付けた朝山ワールドの住人である女を前にしては、
「君のからだは、愛情の二つの象徴である心臓と生殖器のほかには、何もないということを、男の官能に叩き込むように作られた形をしているね。君は生理を犧牲にしてまで苦痛に耐えながら、男の為に、自分のからだを作り変えてしまったのだね。え? そうだろう?」
なんてこれまたエロというよりは哲學的な語りを繰り出すものですから、「白昼艶夢」のような被虐とボンデージのエロスを求めて本作を手に取った御仁はションボリしてしまうこと請け合いです。
とはいえ、こういったエロスを求めずに、自由を求めて創設した樂園の正体が明らかにされていく中盤からの展開と、各人のいかにも社会的な人間たちの思惑によって件の王國が崩壞していくさまに男女のエロスを絡めて描き出しているところは壯絶で、ここへ異形のエロスの片隅に追いやられていたコロシの實相が明らかにされた刹那に王様と犯人の狂気が結託して惡魔的な結末へと雪崩れ込む幕引きは素晴らしい。
ジャケが昭和エロス風のレトロな下着を纏った女の図、でありますから、そういった艶っぽさを期待してしまうのですけど、実際は男も女も裸まみれという野趣溢れる一作であるがゆえ、相當讀者を選ぶ作品といえるかもしれません。被虐と幻想のエロスが大開陳される朝山ワールドを堪能したいというのであれば「白昼艶夢」の方がオススメでしょう。