あちこちで評判ながら、講談社BOXということもあって手に取るのを控えていた一冊です。方々から聞こえてくる本作の売り文句は怒濤のどんでん返しというものではありますが、実をいうと非常に静的な印象の一編で、堪能しました。
物語は、ボーイのもとに謎の女が出現、あなたは誰だ、手を離せいや離さない、あなたが好きだと歯の浮くような台詞回しでロートルの本格読みを牽制するシーンが第一章から炸裂、このままイッちゃうのかと心配していると、第二章からは一変して、高貴な方々の私的裁判という奇天烈イベントが開催されるという前振りが語られ、一クセも二クセもありそうな人物たちが參集。第一章で描かれたボーイの無実を立証するため、そして謎の女の正体を明らかにするため、いよいよ件の私的裁判が開催される、――という話。
どんでん返しが大展開されるのは、双龍会という私的裁判が活写された第三章なのですけれど、実をいえば、「どんでん返し」という言葉からイメージされるような大仰さはなく、事件の構図がたったひとつの物証や証言によって姿を変える趣向は法廷小説としての外連もあり、相当に読ませます。しかし私的裁判というのが、でっちあげもアリでとにかく相手を論破すればそれで良しという破天荒なルールゆえ、真相探求という本格ミステリでは定番の樣式に沿うことなく、検事方も弁護士方もとにかくもうやりたい放題。
そうした何でもアリ的な前提があるゆえ、ここで展開されるどんでん返しの魅力は、本格ミステリの謎解きのそれというよりは、もっと別の何かのような気もしてくるわけで、――そうしたところからロートルの本格ミステリ読みが本作に一般的なイメージでのどんでん返しを期待するとちょっと違うんじゃないノ、という印象を抱いてしまうような気もします。というのも、まさに初讀時の自分がソレで、そもそも事件の樣態そのものが小粒であり、そこからでっちあげも含めた強引ロジックによって導き出される構図はどんでん返しという大仰さを期待される言葉とは裏腹に、その変化反転は非常にスマート。
その構図の反転には、流暢でありながらどこか虚ろなものに感じられるわけですが、実をいえばこれはこの裁判の模様がある人物の視点からツッコミを入れながら実況中継されている為でもあり、それがある地点からこの人物もでっち上げの渦中へと放り込まれ、さらには最重要人物が検事弁護士の役割をも放擲したことで裁判がトンデモない展開へと雪崩れ込んでいくことで、物語の樣相は大きく変わっていきます。
このある人物の視点から語られている裁判の模様というのは、すなわち祖父殺しという本格ミステリでは定番的な謎である殺人事件の謎解きであるわけですが、本作の実体は第一章に描かれるボーイミーツガールを起点とする恋愛物語であり、この裁判の途中の転換は同時に本作が、事件の謎解きをする本格ミステリから本來の姿を取り戻すフックにもなっています。
どんでん返しの趣向は、件の裁判が一定の答えを得てお開きとなったあとも続き、――実をいうと、終章で明らかにされる謎の女の正体を巡る仕掛けこそがもっとも強烈で、これがボーイの心の想いと結実する幕引きのシーン、そしてそこからにおいたつ抒情が何よりも素晴らしい。双龍会の場面におけるどんでん返しの外連とコントラストを描き、双龍会の面々が紡ぎ出した本格ミステリとしての物語が、ボーイの手によって美しい恋愛小説へと回帰する最後の一文も見事に決まっています。
でっちあげてでもロジックにこだわりまくるネチっこい展開は法月スタイルか、はたまたまほろタンかという雰囲気を醸し出している一方、本格ミステリと恋愛小説との調律の方法はどことなく飛鳥部ミステリを彷彿とさせます。原理主義的な視点からすると、死体がブーンと空を飛ぶわけでもなし、またボンクラワトソンが死体を前にしてビックラこくようなシーンもないし、と、事件の樣態からロジックの展開にどこか物足りなさを感じてしまうカモ、――という気はするものの、本格ミステリと恋愛小説との調律という側面を眼を配れば、本作はまさに講談社BOXというレーベルにふさわしい逸品といえるのではないでしょうか。
背中がムズムズしかねない冒頭のシーンや、どんでん返しという言葉から受ける印象とはやや違った趣きに戸惑ってしまうロートル世代には取り扱い注意、ともいえる一冊ながら、ロジックの纖細な手さばきやでっちあげを伏線へと転化してしまう豪腕など、現代本格的な技巧は相当なもので、期待の方向を誤ることがなければ相当に愉しめると思います。オススメ、でしょう。