先鋭的な現代怪談をテンコモリにした「1」、ややフツーに傾いたきらいのあった「2」に比較すると、本作では、同じ怪異の現場に居合わせたものがそれぞれの立場から物語を語るという、――東氏曰く「怪談文芸史上初となる試み」や、例によって語りの趣向を極限化させた京極氏の傑作が収録されていたりと、個人的には「2」よりも好み。堪能しました。
収録作は、『幽』の強者たちが房総の怪しいホテルで体験した怪異をそれぞれの立場から綴った伊藤三巳華「伊藤三巳華の憑かれない話」、立原透耶「するり、ずるり」、宇佐美まこと「でも、そこにいる」、加門七海「誘蛾灯」。
ノッケから現代ならではのアイテムを用いた怪異がリアルな恐怖を誘い、怪異を語ることそのものの怖さを引き出してみせる松村進吉「嘘談」、まさに京極式とでもいうべき文体を駆使して幽玄を現出させた京極夏彦「先輩の話」、典型的な実話系の怪異を描写しながらもどこかとぼけた味わいがツボな林譲治「可視・不可視」、明快な怨念話を綴ってみせた水沫流人「御利益」、怪談というよりはその怪異の姿にホラー的な戦慄を覚える安曇潤平「霧幻魍魎」、志麻子姐ならではの電波と怪異の交雑がタマらない岩井志麻子「実はこれ、すべて一人の女話です」の全十編。
やはり一番の注目は冒頭に収録された、伊藤、立原、宇佐美、加門氏の手になる四編で、『幽』メンバーが房総のホテルで体験した怪異をそれぞれの視点から綴ったもの。同じネタが続いて面白くねージャン、という意見もあろうかと推察されるものの、この四編の並べ方が秀逸で、まず「視える」人である伊藤氏の視点から怪異の概要が綴られ、そのあと、「当事者」となった立原氏の視点からその怪異の内容が掘り下げて語られます。
「視える」人である二氏に続いて、「視えない」人である宇佐美氏が、ホテルに到着する前に体験したというバスの怪異が「推理」されて現実的な解が与えられる、――このまま、件のホテルの怪異についても「視えない」人である宇佐美氏から現実的な解を持った謎解きがなされるのかと期待していると、話はトンデモない方へと傾斜していきます。
さらにこの怪異を「視える」「視えない」に絡めて、「るんびにの子供」の創作秘話とでもいうべき逸話が語られていくというオマケつき。この逸話も含めて宇佐美氏の怪異に対する立ち位置が明らかにされることで、どうして「るんびの子供」はあんなに怖いのか、その理由が判明するという一編でもあり、宇佐美ファンは必読、でしょう。
怪異という謎の呈示から、当事者の証言、そして謎解き、――というミステリ的な結構が「でも、そこにいる」の後半から大きく崩れていき、いったいどうなっちゃうノ、と思っていると、最後の加門氏はこの物語をシッカリと収束させてくれます。
宇佐美氏の一編と並んで強い印象を残すのが京極氏の「先輩の話」で、語られる内容そのものはどこにでもあるような、とでもいうべきものであるにもかかわらず、地の文に凝らした魔術的な技巧が「語ること」とその話を「聞くこと」、こちら側とあちら側、虚実のあわいを読者に意識させるという結構が素晴らしい。やはり怪談は語られる怪異はもちろんだけれども、語りの技巧が重要であることを悟らせる傑作でしょう。
林譲治氏の「可視・不可視」は、これまたありふれたフツーのお話ながら、いずれの話にもどこか惚けた味があり、結構好み。特に「見えない人」の微笑ましいオチがいい。見えないからこそ何としても怪異を見たいという執着が苦笑を引き寄せるというマヌケぶりはほのぼのしています。
安曇氏の「霧幻魍魎」は、怪異のインパクトでは収録作中、ピカ一で、その様態は怪談というよりは完全にホラーのそれ。舞台が山ということもあるのですけど、何かせっぱ詰まったようなスリル感が冒頭から漲ってい、実話怪談とは違った、ホラー的な怖さがあります。
最後を飾る志麻子姐の「実はこれ、すべて一人の女話です」は、例によって例による電波が入った人物のお話ながら、最後はしっかりと怪異のあるものへとオちてみせる結構がキモ。しかし選りすぐりの電波女の逸話がタイトル通りだとすると、「東京伝説」的にリアルで怖いという風格です。
――と書きつつも、実は今回、一番怖くてギョッとなったのが、投稿作品として巻末に収録されている戸神重明氏の「入れ子の人形」でありました。この作品の強烈なところは、フツーに都市伝説のお話かな、と読者を油断させておき、中盤で怪異の出現とともに激しい転調が仕掛けられているところでありまして、これが定式化された実話怪談であれば最後にゾーッとさせるためにこの情景を後段に持ってくるのでは、と推察されるものの、この結構と幕引きで行われる日常への収束が二段重ねでゾーッとさせるという怖さが引き起こすという逸品です。
冒頭の四編は、「視える人」「視えない人」、また怪異に対する立ち位置の違いによって評価が分かれるカモ、と思わせるものながら、個人的には京極、宇佐美、そして最後の戸神氏の「入れ子の人形」だけでも大満足。怪談実話系は本作ですでに三巻目でありますが、それぞれに趣向が異なるゆえ、いずれを気に入るかは個人的な好みもあるかな、という気がします。怖さだけを求める怪談ジャンキーがどのような感想を持たれるかは不明ながら、現代怪談の愉しみどころに知悉した読者には強くオススメしたいと思います。