心霊モノや「東京伝説」モノとも違う、曰く「よくわかんねえ話」を集めた一冊、――というウリながら、実際は幽霊が出てきてしまうお話もチョッピリ混ざってしまっています。ただ、それでも「不思議」で「薄気味が悪い」をさらりとした筆致で描いてしまう平山節は健在で、なかなか堪能しました。
個人的にお気に入りなのは、やはり心霊モノへと解体できない「新耳袋」系ともいえる不思議譚で、奇怪な想像妊娠をしてしまった娘が生み出したあるモノを描いた「孕み」、ふと見た傘についていたあるモノが気持ち悪さを引き起こす「傘」、パニック障害に罹った女をつけ回すストーカーの正体とは「ストーカー」、路地裏に舞う奇妙なモノとの因果を描いた「はっきりそれといった風でもなく……」、たった三行で物語世界を反転させる技巧が見事に決まった「つらい記憶」、ばかばかしくも不思議な情景を活写した「猫の木」などがツボでした。
やはり最近はグスグスに腐った顔の幽霊がブワーッと目の前に現れて語り手失神、みたいなある種の定型にハマった幽霊譚よりも、因果から離れた不思議としかいいようがない現象や怪異を描いた「新耳袋」系の話が面白く、「孕み」や「猫の木」、その他では「おふれ布袋」などがその系統。「孕み」などはその怪異のきっかけとなる悪夢もシッカリ描かれているとはいえ、しかしその悪夢の大本を辿ることができずに怪異の端緒が宙吊りされているところが気持ち悪い。
「憑が出る」などは、それとは対照的に、家族を襲う怪異は結局のところ家系の因果というところに解体できるため、そこから立ち上る怖さはそれほど感じられないという一編ながら、しかしもう一歩踏み込んで、その家系に伝えられる奇妙な怪異の発端やその背景にまで想像を巡らすと何ともいやーな気分になってきます。結局、引き算の技法によって作者が描かなかったものに読者がどれだけ目を凝らしてみせるか、――怪談とはそうした読者の想像力に委ねることで成立するジャンルゆえ、また読者の「読み」の能力も試されてともいえる譯で、本作に収録されている怪談話でそうした「読み」の腕試しをしてみるのも一興、でしょう。
ごくごく普通にさらりと描きながらも、逆にそのさりげなさがぞっとする恐怖を引き起こすというのも平山怪談ならではの妙味であり、今回の収録作で一番ゾーッとさせられたのが「ストーカー」。ベタに過ぎるタイトルから「東京伝説」フウのお話をイメージしてしまうのですけど、これはもうオーソドックスな幽霊譚とも異なる、まさに「薄気味悪い」としかいいようのないお話です。
パニック障害に罹って何をやってうまくいかない娘がストーカーにつけ回されるという展開で、最後にそのストーカーの正体が明らかになってというのは期待通りながら、そのストーカーの顔を「満員電車やエレベーターで人が人に向ける目と同じまなざし」であったという描写から立ち上る気持ち悪さは半端ではありません。このストーカーの正体がアレだったからこそ、この表情の描写が効いてくる譯で、収録作中、もっともこんな目にあいたくない、と感じてしまった一編です。
怖い、気持ち悪いだけではなく、極上のいい話もシッカリと添えられているのも平山怪談集ならではの趣向でありまして、本作では「優霊物語」とでもいうべき「ノックの子」と指抜き」がいい。「優霊物語」である「指抜き」を最後のシメに持ってきたところからも、本作が単なる怪談ジャンキーだけではなく、「癒やし」を求めてやまないごくごくフツーの本讀みに向けられた一冊であることが察せられる譯で、全体を通して読むと、怖い気持ち悪いといったスパイスはやや薄め。これだったら平山怪談のファンのみならず、ビギナーでも十二分に愉しむことが出來ると思います。オススメ、でしょう。