傑作。魔王こと結城中佐率いるD機関の活躍というか暗躍を本格ミステリの手法で活写したシリーズ第二弾。何だかジャケ帯の裏とか読むと、全編D機関と一つの秘密諜報機関「風」との対立を描いているようなかんじに錯覚してしまうのですが、そうではありません。様々な敵方を配しつつも、実際はジャケ帯で煽っている「風」が一番ボンクラというのが笑わせてくれるのですが、敵がアレでも物語としては一級品というところも含めてとにかく全編マッタク捨てるものなしという素晴らしい一冊です。
収録作は、調子こいてる結城に一泡吹かせてやろうと設立されたエリート精鋭の風機関とD機関との激しい諜報活動の攻防を描いた「ダブル・ジョーカー」、左巻き野郎がD機関の魔力の片鱗をかいま見る「蠅の王」、ハノイでD機関を名乗る人物からヒョンなことからヤバい仕事を請け負うことになったフツー男がのぞき見た闇の世界「仏印作戦」、隻腕の結城中佐と隻眼の狐狩り男との因縁を対決に「偶然」というノイズが混入した世界での操りの極北を描き出した「柩」、真珠湾の裏話ながら裏の裏のさらに裏というめまぐるしく色を変える操りの構図が諜報員の宿業へと結実する「ブラックバート」の全五編。
いずれも讀み応えのある物語ばかりでまったく外れなしという奇跡的な一冊ながら、「ダブル・ジョーカー」はそんな中では、D機関の敵としてはもっともヌルいエリート坊主たちからなる風機関との攻防を描いた物語。
結城の野郎、調子こいてんじゃねえよ、とばかりにエリート意識丸出しの主人公が精鋭を集めて結成した風機関が、とあるスパイをあぶり出す狐狩りでお互いを出し拔いてやろうとさっそく行動を開始するのですが、万事がうまくいっていたと思った主人公の行動がことごとく裏読みされているかと思いきや、……エリート野郎のあまりにあからさまな、しかし本人してみれば絶対に気がつくことができない失態をこんな人物に指摘されてあっさりと敗北してしまうという脱力の真相が素晴らしい。
「蠅の王」では左巻き野郎が反日本で敵國に対して諜報活動を行っているのですけれど、完璧だと自信を持っていた暗合の陷穽をD機関が突いていきます。この暗合への「気付き」に添えられた逆説も秀逸ながら、ここではその「暗合」を仲間に渡すために用いたある行為の意味づけがD機関と左巻き野郎では異なっているところが面白く、人死にが日常的な風景となっている中で、この「暗合」の受け渡しに用いられたある行為の意味づけからすると、諜報のプロであるD機関の考え方の方が全然マトモという転倒も素晴らしい。
確かにスパイの暗躍するサスペンスとしてストレートに愉しむのも勿論アリながら、このシリーズでは騙し合いから生じる構図の反転が本格ミステリとしての大きな見所でもあり、本格ミステリ読みとしては、どこからどこまでが「操り」なのか、そしてこの操りがどのような形で構図の反転へと結実するのか、――そのあたりを探りながら読み進めていくのも一興でしょう。
「仏印作戦」は、D機関の暗躍を描いたシリーズものだからこその「ずらし」が見事に活かされた一編で、ハノイに派遣された電報打ちがヒョンなことから陰謀劇へと巻きこまれてしまう、という話。暗合の受け渡しという方法に込められた騙しの技法も見事なら、彼が見ていた絵図がほんのわずかな気付きによって見事な反転を見せるというフックの置き所が秀逸です。
「柩」は諜報員ならでは非情とともに結城の人間的な一面をさりげなく描いたところがツボだった一編で、同時に続く「ブラック・バート」へと繋がる事件の伏線や、「操り」の中に混入したノイズをいかに処理してみせるか、――さらにはそこから生じた歪みをも自らの操る構図へと織り込んでいくという超絶技巧に溢れた物語でもあります。
シリーズの中でも結城の宿敵ともいえる隻眼男の執拗な狐狩りと裏の裏を讀みとろうとする諜報ならではのネチっこい思考をトレースしていく展開も秀逸で、これがまた結城の暗躍を次第にあぶり出していくという結構も見事です。「ダブル・ジョーカー」とは対照的に、好敵手だからこそのドラマに敢えて劇的な展開を排したかのような、隻眼男の期待に反して「何も起こらない」という事実の背後に隠された真相が男の推理によって繙かれていくところもいうことなし。
最後の「ブラック・バード」は劇的な構図の反転という趣向がもっともハジけた一編で、作中で前半に描かれた些細な描写や事件のすべてが操りを主導する男の手の中に収斂していくという後半の流れには戦慄さえ憶えます。それでいて、「柩」でも提示された操りの中にあるノイズともいえる偶發的な要素がどのような揺らぎを与えていくのか、――さらにはそのノイズによって発生した揺らぎをスパイとしての非情な思考が収斂させていく手管を見せてくれた「柩」とは対照的に、主人公のほんのささいな心理の陷穽が取り返しのつかない事態を引き起こしてしまったという幕引きが複雑な餘韻を残します。
……しかしこれでこのシリーズが終わってしまうのはあまりにもったいない、というか、寧ろ諜報を必要としない戦争状態が終結したあと、彼らD機関の人間がどのようにして戦後を生き延びていったのか、というあたりが気になって仕方が無く、確かにそれはそれで何だか戰時だからこその緊張感とはまた違った、おおよそこのシリーズにはふさわしくない物語になりそうな予感がするものの、それでも読んでみたいなア、という方がほとんどなのではないでしょうか。
というわけで、とにかく「続き」が読みたくて仕方がないというくらいにシリーズものとしても、また現代本格としても、操りによる構図の反転の技巧溢れる非常に美味しい一冊でありました。
これは本作とは関係ないんですけど、「ジョーカー・ゲーム」がD機関を内側から描き、本作「ダブル・ジョーカー」ではD機関の暗躍をあぶり出すように外側から描き出したという二冊の結構が、何だか半村良の「嘘部」シリーズに似ているなあ、と感じた次第です。つまり「ジョーカー・ゲーム」が「系図」であり、「黄金」、みたいな。というわけで、本シリーズを読まれて陰謀劇の面白さにハマった人には、半村良の「闇の中の系図」と「闇の中の黄金」をさりげなーくオススメしておきたいと思います。
嗚呼、しかし戦後、いったい結城中佐はどうなったのか、気になって眠れそうもありません。