「密室殺人ゲーム王手飛車取り」の続編、――といっても、「王手飛車取り」のラストがアレであんなことになっちゃっているのに続編とはこれいかに、というのは恐らくは本書に手に取られた読者の殆どが疑問に思われるところでしょうが、物語はそんな読者の疑問は完全にスルーしてズンズン進んでいきます。
頭狂人をはじめとする面々がウエブカメラを使ってチャットしながら推理ゲームに興じる、という構成は完全に前作を踏襲しているものの、本作ではこの密室殺人ゲームが冒頭に引用されているWeb2.0をなぞるような拡散を見せており、社会的な問題になっていることが最初の「次は誰が殺しますか」で提示されていきます。そして前作からのこうした変化深化が後半、絶妙なトリックの仕込みであったことが明らかにされる結構が素晴らしい。
「次は誰が殺しますか」では、密室殺人ゲームに興じるメンバーの他にもこのゲームを行っていると思しきグループの犯行とその様態について推理を行っていくのですが、暗号を端緒としたゲームまみれのミッシングリンクに本格ミステリならではの遊び心をふんだんに盛り込んだやり過ぎ感覚はノッケから暴走気味。
犯行現場のあるブツに残されていた印が意味するところは何、というところがこの次なる殺人を暗示するものであることが示されながらも、その「真相」はこの殺人がゲームであるがゆえに成立するという破天荒ぶり。
最初からこれだけ飛ばしていたらいったい最後はどうなっちゃうノ、というこちらの心配をよそに、続く「密室などない」で軽く流したあとの「切り裂きジャック三十分の孤独」はバラバラ殺人に不可能趣味溢れるバカミス的トリックがはじけた逸品で、犯行が延期された所以など、この犯行方法を推理するための手掛かりは十二分に提示されながらも、人間が描けていないとかドラマがないとかの古くさい批判を嘲笑するかのごとき、ゲームだからこそこのむちゃくちゃなトリックは収録篇中、もっとも奇天烈な一編となっています。
前作は、動機もヘッタクレもないゲームであるがゆえのコロシに本格の趣向溢れる事件を添えた展開から、次第に一人の人物のドラマへとフォーカスされていくという結構だった譯ですが、続編となる本作はそのあたりが少しばかり異なります。もちろんそうした人間ドラマを描写する方向へと傾斜していく後半の展開があったからこそ、最後の結末が見事にハジけたのが前作だとすれば、本作ではそうした人間関係から必然的に生じるドラマさえもトリックに転用してしまうという極惡ぶりが際立っており、このあたりの狙いが見えてくるのが、「相当な悪魔」。
アリバイを成立させるための悪魔で鬼畜なトリックというのが売りながら、そのトリックの中の何が鬼畜なのか、というあたりを、この前のバラバラ殺人というスプラッタで魅せてくれた「切り裂きジャック」と対置させつつ、さりげなく誤導を効かせているあたりの演出がニクい。
東京神奈川にいたのに大阪で犯行を行うという究極のアリバイトリック、――といっても、フツーのミステリ読みだったらその犯行場所を疑ってかかるのは必然で、実際、密室ゲームのメンバーたちもそうした方法を踏襲しながら推理を進めていくのですが、本作の鬼畜ぶりが、最新のデバイスなどを駆使しながら成し遂げたこのトリックが明かされた後に語られていくという結構もいい。
複雑なトリックを駆使したゲームゆえのコロシの背景に、ドラマから生じ得る人間関係が隠されていたことが明かされたその瞬間、その鬼畜ぶりゆえに再びゲームへ転じるという構成が見事で、こうした人間関係を転用した鬼畜トリックが、続く二編ではさりげなくメンバーの間に疑心暗鬼を生じさせるという見せ方も盤石です。
「三つの閂」は「密室などない」と同様、箸休めともいえる軽さのたった一編ながら、最後の「密室よ、さらば」では、メンバー間の人間関係にフォーカスしていきます。とはいえ、最後の幕引きは前作のやり過ぎぶりに比べるとややおとなしめ。
最後の最後へとってつけたように「ドラマ」の出涸らしみたいなものが明かされるところは恐らく意見が分かれるところではないかと推察されるものの、前作が、推理合戦というゲームの語りから一人の登場人物にフォーカスした人間ドラマへと回帰していく構成だったとすると、本作ではそうした人間ドラマをもゲームの中に取り込んでしまった以上、人間関係から生じるドラマを放擲して一人物の主観の中に引きこもってしまうこの幕引きは寧ろ必然、といえるのカモしれません。
個人的には、後半にドラマを生じる構成へと流れていった前作の方が好みながら、各編に盛り込まれたミステリのとして趣向は本作の方が上で、特に「切り裂きジャック」のウップオエップなバカミスぶりと、小説的なドラマをもゲームの中のトリックへと還元してしまうやり過ぎぶりが光る「相当な悪魔」から、前作との連關と謎を解き明かしてみせる展開は見事としかいいようがありません。
まさに歌野氏がジャケ裏で述べている通りに「同一線上から少しだけずらした驚きを提供する」という狙いが見事に決まった一冊で、シリーズものとしての世界観に「拡散することなく奥行き」を持たせた風格もまた見事。それでいて作品世界の実際はタイトルにある2.0をなぞるように激しい拡散を魅せているという皮肉ぶりもステキで、前作のファンであれば十二分に愉しめるのではないでしょうか。オススメ、でしょう。