第1回ばらのまち福山ミステリー文学新人賞優秀作。何でも話によると、福ミスの選考にかかわった女性たちはおしなべて本作の読後感について「不快である」と語ったといい、その一方、じゃアどうして「不快」に感じるのかというと彼女たちもその理由についてはよく判らないのだとか。しかし男性が読むとそうした「不快」さはまったく感じられないというのだから、本作にはおそらく女性だけに作用する「何か」があるに違いなく、いったいどういうイヤっぽい作品なのかなア、とどちらかというキワモノっぽい作風を愉しみにしていたのですけど、そうした邪な期待は良い意味で裏切られました。
物語は、ホラー映画の撮影でロケ現場にやってきたアイドルが奇怪な事件に巻きこまれるという現在のパートと、彼女がかつて在籍していたというアングラ・ストリート劇団の活動を瑞々しく描いた過去のパートとが平行して描かれていきます。
選評に御大曰く、現在のパートの「構成自体は一種の定型であり、ほぼ器化しているのだが、俯瞰した際、これもまた本格ミステリーの上等な仕掛けである」と述べている通り、本作のあらすじを現在の場面だけでまとめてしまうと、その趣向の素晴らしさはうまく伝わらないような気がします。
確かにサスペンスを基調にした現在のパートは一種の定型によりかかった展開ながら、そこで仄めかされている過去の事件の描き方にはある種の破格さがあり、それが現在と過去のパートを連關させて仕掛けを開陳させるという本作の趣向を引き立てているところに注目でしょう。
普通であれば、現在のパートで早々に言及されている過去の事件というのは、サスペンスを盛り上げていくためにも結構早い段階でその手の内を明かしてみせるのが普通ながら、本作では最後の最後までこのコロシについては語られません。したがって過去のパートは必然的に演劇に打ち込む女子高生たちの瑞々しい描写がその大部分を占めることとなり、そうした普通小説的な方法によって活写されたシーンには、本格ミステリらしい伏線は見あたりません。しかしこうしたいかにも本格ミステリらしくない過去のパートの外觀の背後に、――というよりも、現在のパートで過去の事件が仄めかされたその瞬間にはすでにこの仕掛けの「仕込み」が始まっているわけで、この誤導の技法には見事に騙されてしまいました。
過去の事件が最後の最後まで語られないという結構ゆえ、現在のパートにおけるマリアとは誰なのか、という「フーダニット」のほか、誰が殺されるのか、という被害者にも焦點をあてた謎が倂置され、読者としては劇團員四人の微妙な心のすれ違いと煩悶がどのようなかたちで「犯人」と「被害者」二人を巻きこんだ殺人へと繋がっていくのか、――というフウな読みを試みてしまうのですけれど、こうした犯人と被害者という二人の人物の正体を隱蔽した構成そのものにある大胆な仕掛けが施されているところは秀逸です。
現在のパートにおいてヒロインを脅迫していた「犯人」がいよいよ姿を現し、過去の事件の眞相が語られるクライマックスへとなだれ込んでいくのですが、過去の事件における「犯人」と「被害者」という「点と点」であるべき構図が、仕掛けが明かされた現在のシーンにおいては「面」として出現するという見せ方も素晴らしい。
そして過去において失われたあるものが真相の開示によって、その構図の周邊にいた人物たちの手に取り戻され、それと対置するかのように今まで構図の中心にいた人物が消失するという外連も見事です。さらに「終章」においてはもうひとつ、ささやかなどんでん返しが施されており、「犯人」が「犯行」を行う決断を左右するものとして、死者の遺したものが重大なキーを握っていたことが明かされるところが個人的には一番ぐっときたところでもありまして、「映画」として完成されたシーンを開陳することで、上にも述べたような構図の中心人物の消失を後日談的に語りながら、映画のエンドロールとともに残された者たちの未来へと繋げてみせた幕引きも静かな餘韻を残します。
あとこれは小説の内容そのものとは直接関係はないのですけど、物語が終わったあとにページをめくると、海の景色を俯瞰したモノクロームの写真が現れるというデザインが洒落ていて、これが幕引きのシーンとすてきな融和を見せており、感動が三割り増しになっているところも好印象でありました。
過去と現在のパートが交錯するという構成は、「玻璃の家」と共通するとはいえ、「玻璃の家」が過去のシーンに定型的な本格ミステリの趣向を存分に詰め込んだ結果、やや煩雑にも感じられたのに比較すると、本作では過去のパートを青春小説的な風格に仕上げてみせたことで、現在と過去の連關によって明らかにされる構図の現出がうまく活かされているように感じられます。
「定型」を見せつつも、過去の事件の姿を最後まで隠し通すことで、「犯人」と「被害者」という「点と点」の構図に僞装してみせた技巧や、フーダニットにおける仕掛けの「仕込み」の大胆さなど、現代本格としても見所の多い作品といえるのではないでしょうか。
――で、女性が書いたミステリで女性がイヤ感を抱くミステリ、といえば岸田るり子女史をまず思い浮かべてしまうのですけど、確かにこの趣向のベクトルは岸田女史の初期作に通じるものがあるかもしれません。しかし、讀了した後も、女性しか感じられない不快感の正体については判らず仕舞い、やはりオッサンには判らない「何か」がこの作品にはあるのでしょうか、……というわけで、個人的には改稿された本作を読まれた女性の感想を是非とも聞いてみたいところです。