これまた「トンコ」と同様、マッタク怖くないホラーでありまして、ジャケ画からもえかがえる通りのほのぼのというか、洒脱を効かせた文体やユーモア、さらには登場人物の生き生きとした造詣も相まって、このテの物語が好きな人には非常に愉しめるという一冊です。
収録作は、屏風に憑依した亡き奥様の話し相手になってもらいたいという奇妙な依頼を受けた妖鬼が様々な逸話を語り聴かせる表題作「生き屏風」、妖猫に変身願望を満たしてもらう怠け者の物語「猫雪」、狐妖と師匠猫の昔語り「狐妖の宴」の全三編。
一応、あらすじとして纏められそうな話の骨格があるとはいえ、いずれの物語も、作中で流麗な筆致によって語られるエピソードの連なりが見所で、「生き屏風」などは、妖鬼が屏風に憑依した奥様の話し相手になってあげる、というのがおおよその結構ながら、妖鬼と奥様の身の上話を重ねていくにつれ、それぞれの境遇が次第に明らかにされていきます。
で、話し相手になるとはいえ、当然、マスオさんの心の内には奥様の霊がうっとうしいと思いがある譯で、物語ははたしてどのようなところに着地するのか、――というあたりを探りながら讀み進めていくのもアリながら、やはり本作ではそうした大筋よりも、妖鬼が語る不可思議な逸話に俄然引き込まれてしまいます。
またこの妖鬼の立ち位置が絶妙で、人間とも、また自分のお仲間である妖しのものとも距離をおいており、昔話フウに怪異と妖しの物語を語る語り手という妖鬼と、身の上話を語る奥様とを見事に対比させているところも秀逸です。
最後はちょっと哀しいかんじで幕となるのかと思っていると、後日談的に語られる最後にほっとするオチでしめてみせるところなど、粋な構成で魅せてくれる一編でしょう。
ただ一番の好みは、續く「猫雪」で、怠け者の前に人語を話す猫が現れて、男の変身願望を叶えてあげる、――というのが冒頭からの展開なのですけど、雪になった男の主観によって語られる描写の素晴らしさ、そして後半にこれをもう一度、今度はもっとスケールの大きいものにしてこの幻想的なシーンを描き出す作者の才気には完全にノックアウト。
最後の「狐妖の宴」も、惚れ薬をご所望の娘っ子が件の妖鬼を訪ねてきて、――というところから、薬の調合を知らない妖鬼が狐妖のもとを訪ねてゆくのだが、という話の大筋はあるものの、こちらは師匠の猫様と狐妖が桜の下で語り明かす後半がキモ。「生き屏風」と同様、何処か舞台劇を思わせる場面の切り替わりなど、展開の妙にはときに技巧的なものを感じさせながらも、ほのぼのとした民話的世界観や秀逸なキャラ造詣は流麗にして親しみやすく、そうした技巧に着目した讀みよりも、語り出される逸話のひとつひとつをじっくりと味わってみる方が本作の風格をより愉しむことが出來るよな気がします。
フツーであれば、導士が出てきたり、妖しの者と人間が同居する世界観などなどから、解説で東氏も述べているような「聊齋志異」など大陸中華風味のものを、或いはそのほのぼのとした「癒しのホラー」としての幻妖譚などから、川上弘実などを挙げるべきなのでしょうけど、自分は何となく、このユーモアや平易にして洒脱を効かせた物語世界、さらには流れるような巧みな文章によってエピソードを繋げていく構成などから、石川淳を思い浮かべてしまいましたよ。
いずれにしろこれまた怖さこそがホラーという原理主義的な讀みを退ける風格ゆえ、角川ホラーの一冊としては議論を呼びそうなものながら、この系統の作品としては完成度の高い物語だと思います。