どうも讀み方を間違えてしまったようで、ジャケ帶にある惹句の意味をそのまま受け取り、ド眞ん中の本格ミステリとして挑んでしまったため、作品全体に横溢する暗黒風味は大いに愉しむことが出來たものの、「ラスト一行の衝撃」についてはやや複雜な讀後感を残す結果となってしまいました。
ちなみにジャケ帶の言葉は、
あらゆる予想は、
最後の最後で覆される――。ラスト一行の衝撃にこだわり拔いた暗黒連作ミステリ。
で、裏の方にある煽り文句はこんなかんじ。
ミステリの醍醐味といえば、終盤のどんでん返し。中でも、「最後の一撃」と呼ばれる、ラストで鮮やかに眞相を引っ繰り返す技は、短編の華であり至芸でもある。本書は、更にその上をいく、「ラスト一行の衝撃」に徹底的にこだわった連作集。古今東西、短編集は数あれど、収録作すべてがラスト一行で落ちるミステリは本書だけ!
どうぞ、最初から順番に一ページづつ読んで下さい。
パラ読み厳禁。後悔しても知りません!
これをそのままの意味に受け取れば、最後の一行で今までの物語がまったく違ったものへと反轉してしまうような風格を頭に思い浮かべてしまうのですけど、本作における「ラスト一行」はそうした本格ミステリ的なものとはやや趣を異にしておりまして、終盤で明らかにされていく眞相を見事に着地させるためのキメ台詞みたいなものをイメージしていただく方が判りやすいかと思います。
ですので、そのラスト一行に例えば「十角館」の、世界の全てを鮮やかに變えてしまうあの一行の台詞や、或いは連城ミステリで登場人物が呟いてみせる台詞の一言一言などを期待してしまうとアレで、本格ミステリ的な仕掛けを伴った「ラスト一行の衝撃」を考えてしまうと、自分のようなちょっと落ち着かない讀後感を体驗してしまうことになるやもしれず、そのあたりについては取り扱い注意、ということで。そうしたジャケ帶の惹句に流されなければ、その暗黒風味を横溢させた物語世界は素晴らしく、「ボトルネック」とはまた違ったダウナーな雰囲気を愉しむことが出來るかと思います。
と、いうことで些か前置きが長くなってしまったのですけども、収録作は「身内に不幸がありまして」、封建屋敷に紛れ込んだ語り手のこれまた常軌を逸した告白が不気味な餘韻を残す一行で見事にキマる「北の館の罪人」、雪深い場所にある譯アリ別荘の管理人の淡々とした語りに隠された異樣な眞相「山荘秘聞」、孤独娘の慟哭が「鉄鼠」級の奇怪な眞相を明らかにする「玉野五十鈴の誉れ」、本作の副題「The Babel Club Chronicle」にある秘密会の内幕と成金娘の非業を描いた表題作「儚い羊たちの祝宴」の全五編。
「身内に不幸がありまして」は、「本格ミステリ08 2008年本格短編ベスト・セレクション」にも収録されていた一編で、「ラスト一行」に関していえば、衝撃というよりは、寧ろ最後の最後に語り手の告白によって明らかにされていくコトの眞相に見事なオチを開陳してみせたという風格で、惹句にあるような眞相を「引っ繰り返す」というよりは、最後の一行によってその眞相を「完成させる」技巧が素晴らしい一編でしょうか。
「北の館の罪人」では、これまた隱し子ネタなど、「身内に」と同樣、土俗的というか封建的というか、かつての探偵小説フウというか、今のリアル世界ではややイメージが難しい物語世界に一つの死を添えて、その背後に隠された犯罪を最後に明らかにしてみせるという一編で、こちらの「最後の一行」は、事件の真相を最後の最後で明らかにしつつ、不気味な餘韻を残してみせた結構がいい。
「山荘秘聞」も、主從關係を基軸に、どこか歪んだ語り手の告白がノッケから妙な感じを釀し出してい、遭難者を拾ったところから物語がダークな方向へと転んでいきます。やがてある人物がこの山荘で現在進行しつつある奸計を喝破してみせたかと思いきや、――という話。
もっとも「ラスト一行の衝撃」がキマっているのが「玉野五十鈴の誉れ」で、語り手と付き人の娘二人の交流を描きつつ、ここにも封建ネタを設定全体に凝らして「北の館」と同樣の異樣な展開を見せていきます。愉しかった二人の逸話にこんな伏線が凝らされていたのか、と思わずノケぞってしまうとともに、語り手が転落した後に伝聞のかたちで知ることになるある人物の變轉がこれまた異樣なオチへと繋がる絶妙な伏線へ轉化するところなど、ブラック過ぎる幕引きも含めて、収録作の中では一番のお気に入りでしょうか。
表題作である「儚い羊たちの祝宴」では、物語に要所に登場していた「バベルの会」の内實が語られるとともに、成金親父の娘の視點から人間の醜き業と氣高さを描いた作品で、連作としてのシメを飾るにふさわしい一編でしょう。
上にも書いた通り、自分はジャケ帶の煽りに煽りを重ねた惹句に、本格風味のベタベタに濃厚な風格を予想してしまい、「最後の一行」にはこれ以上のないッというほどの過剰に過ぎる期待を抱いてしまったゆえ、ちょっと讀み方を誤ってしまったのですけど、「ラスト一行」を惹句にあるような「眞相を引っ繰り返す」ものとせずに、「眞相を完成させる最後の一ピース」と解すれば、なかなか愉しめる一冊だと思います、――とここまで書きながらも、いかんせんジャケ帶の煽り方が尋常ではないゆえ、未だに自分は何か途方もない見落としをしていて、「ラスト一行」の真意を理解出來ていないのではないか、という気もするゆえ、個人的にはプロの評論家によるそれぞれの作品の「ラスト一行の衝撃」の詳細な解説を期待したいと思います。