ゼッタイ、自分中心主義。
色々なところを見てみると、どうやら「崖の館」から始まる三部作はミステリで、本作はミステリではないみたいな見方もあるようなんですけど、確かに七海女史がゲンナリしてしまうような少女小説風味をメいっぱいに効かせた作風は「らしく」ないとはいえ、個人的には是非ともミステリファンに、それも「探偵」小説ファンに讀んでもらいたいなア、と思うのでありました。
物語の主人公であり語り手でもある娘っ子は施設で育った孤兒で、もらわれていったイヤ家族では陰湿な苛めに立ち向かう日々を過ごしていたものの、ある雪の夜、そのアンマリな酷さに家を脱走、大通公園でボンヤリしていたところを優しい兄貴に助けられます。
以後、彼女はこの兄貴のアパートで暮らすことになるのですけど、同居人にオバさんがいるとはいえ、勤め人の若い兄貴と娘っ子が小學生からずっと一緒に暮らしていれば、こう、何というか、エロっぽい話のひとつやふたつはあっても當然じゃありませんか。
しかし本作の場合、まずこの語り手の娘っ子のイヤっぷりが堂に入りまくっていて、何があっても自分はゼッタイに正しい、惡いのは世間みたいなその自分中心、自分絶對主義を貫く俺様ならぬアタシ様ぶりに、普通の讀者は唖然としてしまいます。
地元のサッカー選手と合コン?莫迦らしくてやってられないわ、みたいなSF少女(スカしたフィメール)ぶりが相當にイタかった「凍りのくじら」のアレっぷりもかなりのものでしたけど、本作の語り手である娘っ子の、アタシは絶對にゼッタイに正しい、自分が苛められるのも誤解されるのもみんな世間が惡いのッ、みたいな徹底ぶりには敵いません。
しかし不思議なのが家出少女である彼女をノープロブレムで居候させることになった兄貴の心情で、彼は娘が中学を出る頃には高校に行けと促し、さらには大學受験までさせようとするんですよ。こりゃア、當然下心があって、いずれ娘が「女」になった曉にはあんなこともこんなこともしてグフグフ、……なんてキワモノマニアだったら考えてしまうじゃないですか。しかし本作の兄貴は全然違うんですよ。
一方の娘っ子も、兄貴の前では鏡の前で身繕いなんかしたりして意識はしているんですけど、まだ心のドキドキが戀心であるとは氣がついていない樣子。それでも流石に高校生になればその気持ちが戀であることを否定できる筈もなく、途中からお兄さんのことが好きッ、好き好きッ、なんて少女小説っぽいノリで彼女のモノローグが大展開されたりするものの、それでもエロっぽいシーンは一切なし。
唯一兄貴がグテングテンに醉っぱらってその場で居眠りしてしまったところへ「気持の高まりを覚えた」娘っ子が兄貴の足許にひざまずく場面があるんですけど、そこでも彼女は彼の手に頬ずりしてキスするだけでオシマイ。それが「精一杯の愛の確認」だと嘯く娘っ子はすぐさまそのあと自分の部屋へ逃げ込んでしまうという臆病さで、こちらの気持を苛々させます。
一方、本作をそのミステリ的な趣向から讀んでみると、主人公の「語り」の變化に託して事件が物語世界に暗い影を落としているところを描き出す手法や、「探偵」と「犯人」との隠微な共犯關係など非常に見所の多い作品のような氣がします。
本作では物語の中盤に毒殺事件が發生し、それに關しての謎解きも行われるのですけど、その後にジャカスカ人が死んでいくような物語ではありません。寧ろ自分が感心したのはこの事件に絡めて謎解きを行う「探偵」と「犯人」との共犯關係がその後の物語を裏で牽引していくという構成でありまして、主人公である語り手の人物造詣からその周囲を取り卷く人間關係も含めたピースが、この見えない共犯關係によってもたらされる終盤のカタストロフに奉仕している點は秀逸です。
毒殺事件が發生しても、本作はミステリ「らしく」ない作品ゆえ、現場に残されていた不可解な物證など、眞相に到る為の伏線を凝らしてはあるとはいえ、事件がそのままの形で物語を牽引していく譯ではありません。
事件の後も度々刑事が語り手のところを訪ねてきては嫌味をいったりはするものの、語りの比重は專ら自分の受験のことだったり、兄貴のことだったりと若い娘っ子らしいモノローグが少女小説イッパイの味つけで進められます。
しかしあることを機会に彼女は「探偵」となってこの事件の謎を解いてしまいます。そしてこれを轉機に、彼女の語る事柄とその語り口が微妙に變化していくところに注目で、これによって彼女の内心とその後の人生にこの事件が大きく、暗い影を落としていることを暗示させているところが素晴らしい。
そして本来であれば世界を混沌から秩序へと戻すべき立場の「探偵」は、あることを理由にその仕事をアッサリ抛擲して「犯人」との共犯關係を選択するのですけど、それが後の物語に大きく絡んでくるところも叉秀逸。
本作は強度のミステリではない故に、終盤の展開もミステリ「らしく」はありません。しかしミステリ的結構によって終盤に「犯人」の動機が明らかにされ、それによって「探偵」と「犯人」との共犯關係が完全なものとなるというところは、眞相解明イコール物語の結末という紋切り型のミステリとは大きく異なるもの乍ら、この「眞相」を自分はミステリ小説として愉しむことが出來ましたよ。
少女小説全開、アタシゼッタイ主義の語りが炸裂する前半は個人的には辛かったものの、語り手が「探偵」となってからの物語は劇的な展開こそないものの、しずしずと何かの終わりが近づきつつあることを予感させながら進められ、相當に讀ませます。
このイタ過ぎる自分中心主義にして兄貴曰く「用心深く気を配っているくせに抜けているのだ。人のちょっとした言動にふり回されて、そのくせ動揺を隠してじくじくと考えているうちに結論づけてしまう。おまえは普段から人間は底が深くてどこに真実があるのかわからないと言っているが、実際に人を判断する時はそうした皮相的なところがある」と指摘されてしまうような歪な語り手だからこそ、中盤の轉調やその後の展開に説得力が出てくる譯で、ここはぐっと堪えて主人公の語りに付き合った方が吉、でしょう。
キワモノマニアとしては、確かに女の子の時から同居しておいて何もないってのはそりゃアないでしょう、普通だったら娘っ子が兄貴に「男」を意識した時點でちょっとしたエッチな事件のひとつや二つがあったとしてもおかしくはないでしょうグフグフ、なんて不満もあるかもしれませんけど(自分だけか)、まアそこはそれ。
「崖の館」ほどあからさまにミステリしていない作品ゆえ、ミステリの中ではあまり目立たない作品かもしれませんけど、個人的には上に述べたような技巧や構成を堪能してもらいたい為にもミステリファンの方に讀んでいただきたいなア、と思ってしまうのでありました。
初めて書き込みを致します。
次回の企画ライブで佐々木丸美作品の朗読を予定しております。お時間がございましたら是非お越しください。
【コラボ企画第二弾まえのまりこと白木ゆう子の《シャンソンと朗読で綴る》ピアノライブin荻窪】
【日時】2020年2月16日(日)14時~16時
【会場】都内荻窪『かふぇ&ほーるwith遊』ホール(荻窪駅徒歩10分)
ゲスト…シャンソン歌手【白木ゆう子】
【白木ゆう子プロフィール】
武蔵野音楽大学声楽科卒業
豪華客船《飛鳥》《ばしふぃっくびいなす》等の世界一周航海や世界各地のクルーズで歌う
長野冬季五輪開催中、白馬東急ホテルにて、国内外の皇室、政財界の名士の前で歌う
奈良薬師寺や、中宮寺観月会、奈良の春日大社にて奉納コンサートを行う
ホテルニューグランド横浜、ザ・プランターズディナーショーにて歌う
愛知万博パリ祭で歌う
サントリーホールにて、シャルル・デュモン氏と歌う
NHKホールのパリ祭にて、連続で歌う
国際フォーラムでの、ブリスリーズで第一回目より歌う
自ら作詞作曲したオリジナル曲『巡り逢い』CDを日本クラウンより発売
『大人の愛に乾杯を』『今度こそ幸せに~熟年婚賛歌~』を徳間ジャパンより発売、DAM、UGA、JOYSOUNDをはじめ、有線放送にも配信
YouTubeトップ画面にて“sirakitube”と検索
内容…シャンソン、朗読…佐々木丸美著『崖の館』『雪の断章』他(仮内容)
【入場料】2500円(予定)ドリンク付き 原則予約制、ご予約はこちらのメールでお願い致します。