シスコン、キワモノ、サイコの完全三位一體。
年末の段ボール整理で見つけた山村正夫にハマってしまっておりまして、今回もまたまた氏のキワモノミステリの短編集「死神の女」を取り上げてみたいと思います。
ケイブンシャのジャケには「恐怖ミステリー」とあり、まず透かしの入った喪服衆をバックに佇む目つきの惡い女のジャケからしてキワモノのスメルをビンビンに發しているところがナイス。恐らくこのジャケの女は表題作「死神の女」で「お化け先生」とか呼ばれている不氣味女で、このお化け先生の恐怖譚に死化粧というアイテムを絡めたタイトルマンマの「死化粧」を冒頭に配し、表題作「死神の女」で締めくくるという構成も素晴らしい一册です。
収録作は蛇蝎はオーケー、でもお化け女の顔が死ぬほど怖いシスコン男のトラウマ分析がトンデモない眞實を明らかにする「死化粧」、赤いスカGに乘っていたばかりに精神病院を脱走したキ印女にロックオンされる恐怖「赤いスポーツ・カー」、降霊術中に發生した密室殺人に本格らしい結構を持たせた「降霊術」、ひばりテイストの漫畫原作者が關わることになった奇妙な夫婦の因果譚に現代ミステリ的な風格をめいっぱいにブチ込んだ「憎い亡霊」、そして殺人事件の背後に死神女の影を見た新聞記者の悲惨過ぎる恐怖譚「死神の女」の全四編。
いずれもキワモノテイストが濃厚な作品ばかりなのですけど、以前に紹介した山村氏の短編集に比較すると、本作に収録されたものはいずれもミステリ的な仕掛けやフックを凝らした味が光り、その中でも不可解な密室殺人事件を核に据えた「降霊術」は、一見、推理パズルにも還元出來る原理主義的な作品ながら、最後のオチで幻想ミステリ的な風格を醸し出すところが素晴らしい一編です。
陶磁器の老大家がトンデモな心霊実驗に夢中になり、自らの莫大な遺産を誰に遺すかについて幽霊樣にお窺いをたててみよう、ということで怪しげな靈媒師が主催のもと、大降霊術を敢行、不可解な密室殺人事件が發生し、……という話。
件の爺は密室状態となった土藏の書斎で胸を刺されて死んでいたのだけども、肝心の凶器が現場からは見つからない。果たして犯人はどうやってこのコロシを為し遂げたのか、……というところがキモなのですけど、そこへ靈媒師と登場人物たちに絡めた因果噺が語られ、最後にこの殺人事件の眞相が明かされます。
本作ではここで唐突に謎解きを行う人物の異樣さが光っていて、唐突に現れたこの人物が事件の真相をあかしてみせることで、怪奇趣味を交えながらも本格ミステリ的な結構をもって語られていた物語が幻想ミステリへと轉じるところが堪りません。
冒頭を飾る「死化粧」は、高橋克彦の記憶シリーズを髣髴とさせる作品で、蜘蛛、蛇、鼠はノープロブレム、しかし女のバケモノ顔が怖くて怖くて仕方がない、という男が主人公の物語。で、どうやらこれには彼が子供だった頃、兩親が亡くなったバスツアーの事故に關連していると睨んだ男の戀人がその眞相を推理するのですけど、個人的にはこの謎解きへと突き進むミステリ趣向に絡めて、キワモノ心を擽るディテールが効果をあげているところがツボ。
例えばこの主人公の男はバスツアーの事故で兩親を亡くして以來、姉と二人で生活をしていて、生活全般に關して男はこの姉にオンブにダッコ、それが所以か彼女は三十を過ぎても未だに独身だったりするんですけど、この姉が経営している美容室の名前が「アイリス」(青いアイリスを回すのよ!)。さらに兩親はキリスト教だったということで、佛壇の代わりに祭壇をしつらえてキリストの磔刑像が置かれていたりというミスマッチ。
で、過去のバスツアー事故を探っていくうちに、この姉の存在がグングンとクローズアップされてきて、最後には姉と弟の二人だけといえばやはりアレでしょう、という期待通りのダウナーな結末となるところもまた素晴らしい。
この「死化粧」で登場したバスツアー事故を再登場させて、同じ死化粧というモチーフで女のおぞましさを描いたのが表題作「死神の女」で、とある強姦殺人事件を追い掛けている新聞記者がガイシャの葬儀に参列、そこで老婆のような中年女が喪服姿でボーッと突っ立っているのを目撃します。
どうにもその中年女のイヤっぽい姿が忘れられない新聞記者は、やがて件の殺人事件の謎を追い掛けていくうちにガイシャと中年女との意外な關連を知ることとなり、……という話。
この中年女というのが美容院を経営する傍ら、葬儀屋で死化粧のアルバイトをしていたというから穏やかじゃない。葬儀屋でバイトをしているという噂が周囲に広まるや地元の常連客もその美容院から足を遠ざけるようになり、さらには彼女のことをお化け先生などといって陰口を叩く始末。
果たしてこの噂の出所と今回の殺人事件との意外な連關を突き止めた主人公は、知り合いの刑事に自分の推理を開陳するものの、タイトル通りにお化け先生が死神となって主人公の前に現れる悲惨な幕引きで締めくくります。
現代ミステリ的な趣向を凝らした傑作が「憎い亡霊」で、「悪霊物語」なんていう漫畫の原作を受け持っている劇作家が主人公。某大學の醫學部で見たというホルマリン漬けの生首にインスパイアされたという「悪霊物語」の連載中、かつて原稿の清書をしてもらっていたという女が男の元を訪ねてくるのですけど、彼女曰く、どうにも最近旦那の樣子がおかしいという。
何でも彼女の旦那は藁人形に知らない男の顔寫眞を貼り付けては丑の刻参りをやっているらしく、更に最近はコックリさんにも凝り出している。この結婚は失敗だったわ、と嘆く彼女の旦那にはどうやら姉がいて、その姉というのは數年前に交通事故で亡くなっている。
で、當然、この事故に絡めてその後の展開があったりする譯ですけど、藁人形に貼り付けてあった件の男が旦那の書斎で死體となって發見されると物語は急展開、その後は狂氣や偽装をモチーフに、現代ミステリ的などんでん返しが炸裂するという趣向です。
オカルトや狂氣を絡めた結構が秀逸で、眞相が明かされた後、ラストの一行で無気味さイッパイの幕引きをもって締めくくる洒落っぽさといい、さながら鮎川御大セレクトの「怪奇探偵小説集」を思わせる風格が素晴らしい。
文通友達に会いに行った女が赤いスカGに乘っていたばかりにヒドい目に遭う「赤いスポーツカーの女」も、眞相は最初からバレバレながら、彼女を追いかけ回すキ印女の造詣が見事な一編で、「死化粧」と同樣、姉と弟というマッチングが隠微にして妖しい雰圍氣を醸し出しているところも秀逸です。
キワモノのディテールに本格ミステリらしい趣向を凝らした短編集、ということで、普通のミステリマニアにもオススメしたい「恐怖ミステリー」集。でもケイブンシャ文庫って今でもあるんですかねえ。