青春小説ミステロイド、キワモノマニアは入場禁止。
何だか讀了後、激しく欝になってしまいましたよ。いや、物語がダウナー系だったとかそういう譯ではなくて、本作、巷では作者の最高傑作である、とか「感動!」とかいわれている作品だというのに、自分はこれ、非常に愉しめたものの、傑作というよりは怪作、感動というよりはトンデモ、というのが素直な感想でありまして、ここでも「容疑者X」を純愛ものとして素直に愉しむことが出來なかった自分がいかに世間樣の價値觀と乖離しているのかを思い知ることになったという意味で非常に、非常に感慨深いものがあり、……なんて、グタグタいっていても始まらないので本題にうつります。
物語は、昔の女友達が事故で亡くなったという現場で一人しんみりしている主人公の独白から始まります。で、兄貴が事故で死んだというので、このささやかなマイ儀式のあと、すぐさま語り手のぼくは歸ろうとするんですけど、ここで「おいで」なんていう奇妙な幻聽を聞いたことをきっかけに語り手のぼくは平衡感覚を喪失。
崖の上から眞っ逆さまに落ちて嗚呼神樣!と思って目を覚ますと、何だか全然違うところでグデンと転がっていたから超吃驚。で、おかしいなア、なんて思い乍らも家に歸ってみると部屋には何だか知らない女の子がいる。で、話を聞いてみるとどうやらこの女性というのは自分の姉にあたるらしい。
で、色々と話を聞いてみると、自分はこの世界には存在せず、そのかわりに彼女がここにいるらしい、ということで、語り手のぼくはパラレルワールドに迷い込んでしまったことを知ることに。果たして、ぼくはどうなるのか……という話。
このもう一つの世界では、事故で亡くなったネクラの彼女が妙に明るいキャラでピンピンしているし、定食屋の爺も腦溢血で倒れることもなく元気でいる、さらにはこの違いに追い討ちをかけるように、事故で亡くなった兄貴までもが後半に登場したりもするんですけど、ミステリとしては、この姉キャラが二つの世界の相違からぼくのいる世界をホームズ的推理で解き明かしていく場面が秀逸。
初対面にもかかわらず、どうぞどうぞと電波系にも見える語り手のぼくを家に上げてしまうという剛氣なところも見せる姉キャラが全編にわたってズルズルとネガティブ思考に陷りがちな語り手を引っ張っていくという展開が妙な違和感を釀していて、普通、これだけ女の方が積極的だったりしたらホラ、二人がちょっと「いい感じ」になっちゃったりするじゃないですか。
後半、この姉キャラが亡くなったネクラの戀人とエッチしたの、みたいなことを聞いたりして、何となくそんな雰圍氣になったりするんですけど、結局のところそういう展開は一切なし。
このまま二人がアレしちゃったりしたら、多重世界での出來事とはいえ、血は繋がっていたりするんだから、もしかしてこれって姉萌えの近親相姦じゃア、なんてゲスな妄想をムンムンに膨らませてしまうところがキワモノマニアの哀しさですよ。
さらにいえば、こっちの世界では死んだ元彼女がシッカリと生きている譯ですから、ネクラとはいえ語り手のぼくが秘かなアプローチをして、向こうの世界では出來なかった「男の夢」を実現するべく奮起してあんなこともこんなこともしたりして、……なんてことまで考えたりしてしまうんですけど、ここでもそういう展開は一切なし。
こうしたゲスの勘ぐりは不発に終わるものの、ミステリ的趣向に目を転じると、語り手がいた世界では事故として扱われていた彼女の死の眞相を、姉キャラがホームズ的推理で解き明かしていくという、米澤ミステリを愛するファンサービスは期待通りで、ここから姉キャラと元彼女の後ろでやや影の薄かった不氣味ちゃんの存在が急浮上。
向こうの世界ではダラダラしていたゆえ、すべてにおいてロクでもない結果しかもたらすことの出來なかった語り手の力が影響を與えた結果、元彼女が救われるという展開はいい。しかしこの眞相を知ったあとに語り手が呟く台詞というのが、ジョージ秋山センセの「アシュラ」の決め台詞、「生まれてこない方がよかったギャー!」になってしまうというのは如何なものか。
パラレルワールド物語の定石であれば、この姉さんの力で再び主人公は元の世界に帰還、向こう側の世界での出來事をきっかけに大きく成長する、……みたいな幕引きとなる筈なんですけど、本作が普通の小説と大きく異なるのはここ。
ボヤーっとした頭で目を覚ますと、すぐさま主人公は靈界電波を受信。で、水子メールを受け取ってぼくニンマリ(意味不明。でも讀めば分かります)、ってこのラストはもう笑うしかありませんよ。
それにやはりキワモノマニアとしては、讀んでいる間妙なことばかり考えてしまいまして。いや本當、自分はこの幕引きや、ダメ男の主人公が姉キャラとエロい關係になっちゃったらどうしようグフグフ、……なんて疚しい妄想に頭を悶々とさせながら大いに愉しませてもらったんですけど、やはり素直に感動!とは叫べないですよねえ。
「さよなら妖精」は大感動の傑作として讀むことが出來たんですけど、本作はやはり傑作というよりは怪作じゃないかなア、と思うんですよ。まあ、誰も贊同してくれないでしょうけど、とりあえずキワモノマニアの素直な感想として頭の片隅にでもとどめておいていただければと思います。
結論としては、自分と趣味を同じくするキワモノマニアの方であれば、「そっち」の方向で大いに愉しめると思います。禁断のエロを期待させながらの焦らし技、さらには最後に炸裂するトンデモ靈界通信といい、「こちら」側のネタは超満載。ただ、繰り返しになりますけど、そういう愉しみ方をされても他言は無用、本作は「容疑者X」と同樣、青春ミステリの旗手がものにした感動の大傑作として姿勢を正して讀むべき物語でありますから。
正直このラスト読んで「実は全部こいつの妄想だったんじゃないの?」と思いました。ノゾミに関する考察も別にサキからの情報を得なくてもたどり着けないことはないですしね。
読んだのになかなか感想が書けない本で困ってます。自分は全然キワモノマニアではないつもりなのですが、全く感動しなかったのがなんと言っていいのやら。
サキの推理もすべては語り手が口にした手懸かりを元にしたものですから、彼の妄想だったという讀み方も(というか、自分は夢オチ?と考えているので妄想とほぼ同義)出來ると思います。
青春小説というのともちょっと違うような氣がするし、ミステリとして讀むにしても事故死の眞相解明が物語の中心を占めている譯でもなし、青春小説とミステリを裝ってはいるけど、もっと別のものであるような氣がするんですよねえ。でも世評では青春小説の感動作とかいわれているし、やはり自分はここでもマイナーか、……と激しく落ち込んでしまった次第です。