微妙づくし。指彈されるべきは編集者也。
處女作の「九杯目には早すぎる」では、いかにもミステリの定石を知り盡くした巧みぶりを見せつけてくれた蒼井氏ですけど、長篇である本作はどうかというと、正直微妙、ですかねえ。
作者の持ち味といえば、セコさの際だった小市民が勢揃いという人物配置、さらには彼らが釀し出す脱力のユーモアとドタバタ、そしてその一方でマニアがニヤニヤしてしまうようなミステリの仕掛けと構成にあると自分は思っているんですけど、本作の場合、まず最初の小市民テイストからして非常に微妙、なんですよ。
物語は腦溢血で急逝した醉いどれ作家を偲ぶ会を行おうと、彼の馴染みの店に集まった連中が実は誰もが譯あり。變態醫師だの、集團自殺志願のダメ男などがそれぞれの思惑を祕めて廃虚バーで行動を開始するも、突然の地震が彼らを襲い部屋の中からは知らない死体が御登場、果たして何でこんなところに妙チキリンな死体が転がっているのか、或いはこの中に殺人犯人がいるのか、……という話。
これだけだと、密室の中で皆が皆疑心暗鬼に陷って平常心を喪なったところからサスペンスフルな展開になるのかなア、なんて期待してしまうのが普通でしょう。しかし何しろ登場人物が揃いも揃ってダメ人間ばかりでありますから、普通のミステリらしくサスペンスを盛り上げるほどの演技力もありません。
結局、物語はそれぞれの登場人物が語りを引き繼いでいくという構成で、それぞれの思惑が各章で明かされていくという趣向なんですけど、短篇であれば一人のダメ人間の内心に踏み込んでみせることで、彼のダメっぷりを讀者はドップリ味わうことが出來た譯ですけど、本作の場合、この多視點での語りがその愉しみを半減させているような氣がします。
さらにいえば、この身元不明の死体が誰なのか、というのが後半までの一つの大きな謎となっているんですけど、中盤に突然の亂入者が現れてささやかなどんでん返しを見せるものの、この仕掛けがうまく効いていないところも非常に惜しい。
株に失敗したダメ男の亂入者が登場早々、自分は人を殺して死体をここにブチ込んだなんて語り出すものの、実はこのダメ男が殺した人物はまったくの別人で、彼にとっても序盤にゴロリと転がった死体は赤の他人。
じゃあ、結局この死体は誰なのか、というドンデン返しがこの章の後半で開陳されるんですけど、何しろこの亂入君が冒頭の語りで自分が殺した、なんてカミングアウトしているものですから、後半のドンデン返しを知らない讀者からすれば、亂入男の告白によってこの身元不明の死体とその犯人の謎はここで解かれてしまったものと勘違いしてしまう譯ですよ。
勿論このダメ男の告白のあと、自分が殺したのはこいつじゃない、みたいなかんじで連城フウにすぐさま事態が急轉を見せればいいんですけど、ここでこの亂入男のダメっぷりのモノローグが挿入されてしまうのがいけない。という譯で、どんでん返しはあるものの、そこに到るまですでに本作の中心となっている謎に對する興味が半減してしまっている譯です。
これは上に書いたとおり、單に構成のマズさによるものだと思うんですよ。後半ではとある事態をきっかけにダメ人間たちがテンヤワンヤのドタバタ劇を演じて見せるんですけど、ここに到るまでの経過は愉しめるものの、それはサスペンスで引っ張るというよりは、作者の得意とするダメ人間の描寫のみで展開させる故、物語全体から釀し出される風格はミステリというよりはコメディといったかんじでしょうか。
まあ、嫌いではないんですけど、ダメ人間の右往左往とミステリとしての技の冴えが見事な融合を見せていた短篇に比較すると、どうにも物足りないところがまたまた惜しい。
最後の最後、エピローグに至ってようやく謎の死体の身許が明かされます。この作者らしいブラックなテイストが冴え渡る幕引きは惡くありません。それゆえに、ここに到るまでの構成のマズさが非常に惜しいなあ、嗚呼、本當に勿體ない、と思ってしまうのでありました、……とはいいつつ、ミステリとしてではなく、ドタバタ、スラップスティックな味を持った普通小説として見ればこの雰圍氣は惡くありません。
しかしやはり處女作であれほどの素晴らしいミステリの技を見せてくれた作者のこと、やはりこちらとしては濃厚なミステリを期待してしまいますよねえ。
じゃあ、作者が惡いのかというと、自分は編集者がマズかったんじゃないかなア、と思うんですよ。というのも、上に書いたようなドンデン返しの手際の惡さなどはド素人の自分が見たって分かる訳ですから、當然のこと乍らこれはプロの編集が氣がつかない筈はない。
そうなると或いは編集の人はこの作品ではミステリ的なドンデン返しなどを見せずに、ただ單に小市民がドタバタを演じるだけの輕妙なコメディを目指していたのかなア、とも考えたりするんですけど、だとしたらその魅力を削いでしまうような多視點での坐りの惡さを選択する筈もなし、……なんて自分が編集者になったつもりで大口を叩いてしまいましたけど、作者の蒼井氏のポテンシャルは相當なものである筈で、彼が書くべきはこういうものではないと思うのですが如何でしょう。
今回はちょっと、だったんですけど、まあ、ノンノベルズというちょっと微妙なレーベルからリリースされたものだし、これがミステリ・フロンティアとかカッパワンの編集者だったりしたらまた違う作品になったのカモ、なんて考えてしまいました。とりあえず恐らくは次作になるであろう「ハンプティ・ ダンプティは塀の中」を大いに期待して待ちたいと思います。