サセ子の怨靈、大石ジェスティーヌ。
これは傑作、というか大石氏の作品の中ではかなりのお氣に入りになりそうです。系統としては「呪怨」ノベライズや「1303号室」の系統になるかと思うんですけど、ここへ「アンダー・ユア・ベッド」にも通じる女の悲哀と救濟というテーマを織り交ぜたところが素晴らしい。
物語はとある女が自らの小學校時代を回想する一人語りから始まります。で、大石ワールドの法則通りにこの語り手であるわたしはこの後悲慘に過ぎる少女時代をおくることになる譯ですけど、これがエグい。
兩親を事故で失った後、伯父の家に引き取られることになるものの、物置部屋を自室にあてがわれ、伯母やその娘からは陰湿なイジメを受けるわ、擧げ句にロリコンジジイから思いっきりエロいことを仕込まれるという最惡の展開に。
で、この悲慘なわたしの過去が語られる一方、新婚旅行中に消えてしまった妻の謎を追う旦那の視點から、女性の失踪事件を追いかけていくシーンとが併行して語られていきます。
ニューカレドニアでダイビングをしていた時に海中で突然姿を消してしまった妻の死体も見つからず、すっかり銷沈してグテグテの生活を送っていたこの旦那はとあるきっかけで、妻と一緒に寫眞に写っていた女性もまた同じような状況で失踪していたことを知るに至り、これは何かあるに違いないと確信。調べていくうちに妻の恐るべき過去を知ることとなり、……という話。
悲慘語りを續ける女がこの旦那のパートと最後にどう繋がっていくかというところが見所なんですけど、旦那が妻の失踪事件を追いかけていく場面は「リング」を髣髴とさせるミステリアスな展開で飽きさせません。
更に謎女の一人語りでは、幼女のときからロリコン伯父にエロいことを仕込まれるという凄慘な場面で盛り上げつつ、大石ワールドに激しいエロを期待しているキワモノマニアを滿足させるところにも拔かりはありません。中学を卒業してようやっとロリコン男から逃れることが出來たと思ったら今度はDVヤクザの情婦となって、背中には龍の刺青までいれられてしまうという念の入れよう。
ついでにいえば彼女は彫り師にもヤられてしまうは、DV男のいわれるままSMクラブみたいなところで刺青女マニアにエグい仕事をさせられるわともう、悲慘、悲慘、悲慘のテンコモリ。このあたりのイヤっぽさは「呪怨」の伽耶子の更に上を行く素晴らしさで悲壯感をイッパイに盛り上げていきます。
そしてDVヤクザの手から逃れて彼女にもようやく春が來たかと思いきや、……と當然そこには哀切極まる展開が待っている譯ですけど、ここで妻を失った旦那の場面との繋がりを見せ、讀者がとある登場人物に抱いていた感情をひっくり返してみせるという展開もまた見事。
このトンデモない事実が旦那の前に突きつけられたことによって物語の悲壯感はよりいっそう高まるとともに、失踪事件の連鎖を引き起こすに到った事件が語られるという後半も素晴らしい。
さらに悲慘の中に希望と絶望を殘したラストも印象的で、讀後感は上にも書いた通り「アンダー・ユア・ベッド」に似ているなアと感じた次第です。とはいえ何で似ていると思ったんだろう、ネタ的には確かにDV野郎のSMもあるし、サセ子になりはてた悲慘女の生涯もネチネチと語られるものの、あらすじだけを眺めればまったく違う譯で、……と考えてみてハタと氣がつきました。
本作、「アンダー」と同樣に、ダメっぽい男の視點から物語が進んでいくんですよ。ここでいうダメ男というのは勿論新婚旅行中に妻を失った男のことなんですけど、この男が失踪妻を思い出してはウジウジしながらそれでも事の真相を追いかけていくところに「アンダー」にも通じる構成の妙を感じた次第です。
そして後半に見られるどんでん返しにも似た裏切りと、そこから立ち上る一人の女の悲哀と絶望、さらには怪異を交えて登場人物に救濟をもたらすラストも秀逸。「アンダー」のファンはきっと氣に入ると思います。最近の大石氏の作品の中では異色作乍ら、「アンダー」の風格を押し出した路線は原点回帰といえるのかもしれません。
とはいえ、前半から「いやーっ!」もしっかり効かせて大石ワールドらしい盛り上がりを見せつつ、さらには「うぶっ、うぶぶ」のような直截描寫こそないものの、ロリコン野郎の激しい仕打ちはエロっぽい雰圍氣を十二分に釀し出していて、この點でも大滿足。
本作は作者が湘南から房總に居を移したあとの新機軸といえそうな作品で、ファンは勿論マストでしょう。何かさ、大石圭ってエロくてマンネリなんでしょう、なんて敬遠している人にこそ手にとっていただきたい傑作です。
「呪怨」や「1303号室」の悲慘女テイストに「アンダー」にも通じる絶望、悲哀、そして希望を織り交ぜた作風は初期の作品群の風格を髣髴とさせつつ、その一方今までの氏の作品のすべての集大成ともいえるのではないでしょうか。本作における悲劇のヒロインの愛は、昨今の切ない系や純愛ブームにも便乗出來る雰圍氣を感じさせるゆえ、普通の本讀みにもアピール出來るかもしれません。おすすめです。