伏線なし、キ印來襲。
今日はこの蒸し暑いなか、本も讀まずにビーケーワン怪談大賞ブログに投稿された作品を讀みまくっておりまして、何だか頭がボーッとしているんですけど、実話系にも近い怪異譚が竝ぶ怪談大賞に比較すると、リアルとか作り話とかそんなボーダを軽々と飛び越えてキ印男たちが大活躍する傑作編が目白押しの本作、東京伝説シリーズと同樣、軽い気持でのイッキ讀みは非常に危険。正直頭がおかしくなりますよ。
東京伝説シリーズ以上に伏線も何もなく突然キ印に捕まってひどい目にあう、という話が多いような氣がするんですけど、そんなキ印襲来系の中ではタイトルマンマの「蟲」が最強、でしょうか。
寝ているところを突然殴られて目を覚ますと、迷彩服の男にマウントをとられているというツカミから「しーきゅーしー。しーしーしー」「うごくな、ぐーくす」と訳の分からないキ印言葉を吐き散らすミリタリーマニアの男が取りだしたビニール袋の中には老若男女の誰もが身震いするほどに大嫌いなアレが入っていて……という話。式貴士センセのアレというよりは「のぞき屋」のアレっぽい最兇の展開がマニア心を擽る一編です。
その他の蟲系ではモツ屋でバイトをしている男の語りでウップ、オエップとなってしまうエピソードが秀逸な「串打ち」、一人暮らしの女性が飼い始めた猫が妙に甘噛みを繰り返すのだけども實は、……というところでまたまた蟲が登場する「甘噛み」がいい。どちらも例によって例の蟲を用いた展開が平山氏らしいイヤ感を引き起こす作品でしょう。
目出し帽のキ印に襲われる話の中では「蟲」のほか、「セメントいきます」も相當に痛い。「蟲」がミリタリーおたくだったら、こちらはプロレス。真夜中に目出し帽の男に襲われて、關節技で體をボキボキにされるという痛すぎるエピソードには戦慄が走ります。
また痛いということでいえば、物語の中で展開される拷問術がバタイユやエリソンドのアレに掲載されていたモノクロ寫眞でもお馴染みの凌遲處死を髣髴とさせる「いらないもの」が凄い。
マヌケなホストが上客の婆さんのバックをひったくり、ウン百万の金をマンマと盜んでしまうんですけど、この婆さんが實はそのスジの人間で、案の定ホストたちは捕まってトンデモない拷問を受けることに。「いるものといらないもの。どっちを捨てる」という例によって平山ワールドでは定番の禅問答が展開され、當然の事乍ら「いらないもの」と答えると、……という話。
ヤパそう、と分かっているのに結局予兆も無視して危ないワールドに突入していく作品の中では一升瓶を自宅の玄関に置いていく奇妙な老人を描いた「一升瓶」と「レンタル家族」がおすすめでしょうか。
「一升瓶」の方は、朝目が覚めると眞水を入れたと思しき一升瓶が玄関のところに置かれている。奇妙に思って今度は真夜中に張りこみをしていると、犯人はいかにもボケーッとした老人で、曰く「これは神樣の水。体が浄化され病も癒える。一生無事の一升瓶。一生は人生の一生」なんて妙な言葉をズラズラと竝べてみせる。あまりのシツコさに軽くスルーしているとついに老人の狂氣が大爆発。果たして、……。
ブロガーとして欝な氣氛になってしまうのは、「大土星王」で、興味半分に「日常の雜感や映画や本の話などをデジカメで撮った写真を添えて日記風に書き綴っ」たブログを公開した女性が例によってキ印の粘着君にマークされてしまうというもの。
コメント欄には「自分の女になるための、その一」とか「性感アップの技法、その一」シリーズなどと、人樣のブログで勝手に自分の連載を始めるわ、さらにはブログを引っ越しさせてもシツコクつきまとってくるという陰湿さを発揮、やがて語り手の女性に友達からメールが入ってきて、……という話。
ありきたりの話乍ら、コメント欄にエロっぽい話をズラズラと書き殴るという偏執ぶりがいかにも平山ワールドの住人らしく、ディテールの素晴らしさで魅せてくれる掌編でしょう。
狂氣、イヤ感、痛い痛いワールドといった平山氏の作風のうち、とびっきりのユーモアもまた氏の個性として外せないものでありまして、大いに笑わせてもらったのが本作に収録されている「おまけ」。
ネットオークションで落札したレコード盤四百枚以上、という代物が後日ダンボール箱に詰められて届けられるんですけど、その中にはちょっと見慣れないカセットが入っている。何だろう、と思って聞いてみるとそれが殺人野郎の告白で、……という話。
この鬱々とした男の語りも相當なものなんですけど、個人的に笑わせてもらったのは、語り手の彼がこのカセットをどう処分したのかというオチ。実際、この方法は大いにありそうで、大爆笑させてもらいましたよ。
という譯で、東京伝説の系譜に連なる狂氣と痛さと蟲系とユーモアのサラダボウルっぷりが素晴らし過ぎる実話系怪談集。怖い話よりも東京伝説系のエピソードが好きな自分としては、本作も大いに愉しませてもらいました。行間も広く、非常に讀みやすいところも好感が持て、「祝日本推理作家協会賞!」というジャケ帶の惹句に、協会賞に便乗した「メルカトル」商法であることはバレバレなんですけど、そんなことは關係なくおすすめしたい一作です。
ただ「怪奇ドラッグ」に入っていた作品が再録されているところはちょっとマイナス、ですかねえ。出來れば全てを書き下ろしで纏めてくれれば最高でしたよ。これも東京伝説と同樣にシリーズ化されていくのかは分からないんですけど、東京伝説以上にキ印の狂いっぷりが光る好編揃いゆえ、続編も大いに期待したいと思います。