サイコダウナー。
人狼城推理文學奨系の作家の中では本格ミステリらしかなぬ作風が異色な哲儀氏。第二回に佳作入選した本作「勿忘我」も以前紹介した「血紅色的情書」と同樣、サイコな狂氣と欝になる結末が忘れがたいイヤ感を殘す佳作、……といいつつ、「血紅色的情書」に比較するとそのダウナーぶりは凄まじく、個人的にはこちらの方が好み、ですかねえ。
「勿忘我」なんて、何だか新津きよみ氏の一連の作品みたいなタイトル(「そばにいさせて」、「捜さないで」、「さわらないで」、「見つめないで」、「なくさないで」)からしていかにもサイコっぽい雰圍氣が滿點なんですけど、そんな期待通りに物語は一人の女と二人の男の關係を軸に展開されていきます。
主人公の語り手はもう一人の男とは親友で、この親友が女と付き合っているという、いうなれば「つまりは男と一人の女。二対一というこの永遠に陳腐な図式」(「笑う椅子」/中井英夫)からして、私が親友に内緒で女友達とイチャイチャしてしまう物語かと思いきや、この語り手は思いの外二人に氣を使いすぎるモジモジ君。例えば二人に誘われて一緒に食事したりする時も、シッカリと携帯にタイマーを仕掛けておいて、友達から電話があってさも急用が出來たかのように裝うという氣配り振り、というかこんな親友がいたらイヤですよ(爆)。
まあ、そうやって自分は二人の邪魔者とばかりに気を遣いまくるモジモジ君でありましたが、ある晩、突然件の彼女から電話がかかってくる。すぐさま部屋に來て頂戴、なんていわれて、私は男友達の方はどうしちゃったのかなアと訝るものの、結局部屋を訪れてしまう。
實はこのモジモジ君、秘かにこの女友達にホの字という最惡の構図でありまして、またこの彼女もこの夜を境に微妙なアプローチをモジモジ君に仕掛けてきたから大變ですよ。で、次第に三人の關係が歪んでいき、それが最後にトンデモない事態を引き起こすのだが、……という話。
私が二人の間に何かあったんじゃないかと気を揉めば揉むほど、畳みかけるように奇妙な出来事が彼の周囲で大發生、「彼女にかかわるな」なんて脅迫状までお届けされるわ、かといってどうにも彼女は私の心配をよそにノラリクラリとしているしとさっぱり要領を得ない。
あの夜の事件も含めて全ては自分の妄想なんじゃないかなんてモジモジ君が頭を惱ませていると、やがて事態は急転直下、果たして事件の真相は……。
本作の眞相は非常にイヤーなもので、気が滅入ってしまうんですけど、個人的には、男友達や彼女が何かしらの奸計をもって自分を陷れようとしているのではないかという疑心暗鬼に陷る樣子と、現実世界の微妙なずれが登場人物たちの狂氣を誘発していく中盤の展開が面白い。
ただ本格ミステリ的なトリックといえば、使われているのは脅迫状が語り手の前に突然出現し、それが再び消えてしまうというところのみで、この仕掛けも正直非常にチンマリとしたものですから、このあたりに期待するとちょっと肩すかしを食らってしまいます。その意味では、トリックや騙しを中心に据えた作風の短篇がズラリと竝ぶ人狼城系の作品の中で、やはり本作は異色作といえるでしょう。
個人的には中盤の、狂氣がないまぜになって世界がズレていくような感覺が堪能できる雰圍氣でそのまま後半まで突っ走ってもらえれば、竹本健治的な幻想ミステリに仕上がったのではないかなあ、とか思ったりするんですけど、やはり哲儀氏としてはサイコミステリ的な風格の作品に仕上げたいのでしょう、個人的趣味を除けば、最後に開陳される眞相は、誰にも救いがないという、非常にイヤーな感じでうまく纏まっていると思います。
本作が佳作にとどまったというのはやはり本格ミステリ的な趣向が希薄だった故と思うんですけど、このあたりを克服した「血紅色的情書」で第三回人狼城推理小説賞を受賞したのは以前に述べた通りです。
ただ哲儀氏の作風はトリックを入れ込んで本格ミステリ的に纏めるよりも、本作みたいな狂氣と現実の搖らぎをない交ぜにして不穩な空気を釀し出したサスペンスの方が仕掛けが綺麗に纏まると思うのですが如何でしょう。
哲儀氏の作品は未だ短篇を三作讀み終えただけなので、今後どのような作風に向かっていくのかはまだ未知數なんですけど、本作の中盤で展開されるサスペンスに竹本健治的な狂氣が合わさればかなり自分好みの作品になるんですけど、こういうのは、ダメですかねえ。