暗色コメディ?違う、違う!
「推理雜誌」に續けとばかりに純ミステリ雜誌として最近新たに台湾でリリースされた「MYSTERY」。EQMM中文版という惹句も勇ましく、創刊號の今回は巨匠クイーン生誕百年を記念しての大々的な特集を組んでいます。
内容の方は洋モノの翻訳が殆どを占めているのでまあ、今回は軽くスルーしようと思っていたんですけど、凌徹氏の新作短篇が収録されているとあってはこれはもう絶對に無視は出來ない譯で、さっそく手に入れてみた次第です。
で、感想なのですがこれは素晴らしい。物語は、「神祕世界」なんていう、日本の「ムー」みたいな雜誌で世界各地の都市伝説を取り上げ、日本でいうとタクシーにビショ濡れの女が乘ってきて、みたいなベタな怪談ネタの眞相は、という「幽靈乘客」の特集記事を組んだところ、台北市在住のある人物から奇妙な手紙が編集部に送られてきます。
その手紙の内容というのが、バイクに乘っていた自分はとある夜、幽靈自動車に遭遇したというもので、内湖のとある場所の十字路にバイクで侵入した件の手紙の主は、左手からこちらに向かって走ってきた車に吃驚仰天、アッと思った時にはもうその車は自分の体をすり拔けて走り去っていったという。
ありゃア絶對幽靈自動車に違いない、というこの投書内容が掲載されるや、今度は「あの讀者の投稿にあった幽靈自動車、あれ實はパパの運転していた車だったんだ。幽靈っていうんなら、パパの車じゃなくてバイクの方だと思います!」なんていう奇妙なメールが編集部に送られてくる。
このメールの差出人というのが小學生で、編集人がこの小學生の父親を捜しあてて話を聞いてみると、何とこの手紙の差出人である自分の息子は一年前に交通事故で亡くなっているという。果たして幽靈自動車の怪異の眞相は、そして事故で亡くなった小学生から送られてきたというメールは何を意味するのか、……という話。
話の展開は安楽椅子探偵のスタイルを踏襲し、編集人の友人が讀者の投稿とメール、そして父親の話から事の真相を探っていくというもので、手紙とメールの文章の些細な相違と特徴から推理を進めていくという手法は、台湾ミステリの中だと藍霄氏の傑作「錯置體」を髣髴とさせます。
本作の場合、幽靈自動車がいかにして發生したのかという、いうなればハウダニットの視點から事件の謎解きを行いつつ、もっとも重要な事柄、つまりこの怪異は誰のいかなる意図によって引き起こされたのかというホワイダニットから讀者の視線を逸らしていくという手法が冴えています。
このあたりの作風は、以前取り上げた氏の作品「與犬共舞」にも共通するようにも思えるのですが如何。「與犬共舞」も妙な男がたくさんの犬を連れて公園を散歩しているという日常の謎を前面に据えて物語を進めつつ、後半の推理でその背後に隱されていたある計略が明かされるという趣向でありましたが、本作ではこの手法が更に洗練されています。
日常の謎を、幽靈自動車という島田御大が提唱する本格ミステリー風の幻想的な謎に置き換え、さらにそこから複数のテキストによって示されたひとつひとつの手懸かりを元に怪異現象の謎解きを行っていくのですが、中盤までの展開は專らこの投稿された手紙とメールの文章の精査に費やされます。
怪異を表していた文章の謎の少しづつ氷解していくところは「錯置體」ほどの驚愕はないものの相當にスリリングで、このあたりの雰圍氣はクイーンというよりは島田御大的、ですかねえ。しかし本作の最大の仕掛けは實をいうとこの怪異の解明にあるのではなく、それぞれのテキストの斷片からうっすらと見えてきた怪異の眞相によって、その背後に隱されていたある事柄が明らかにされるというところでしょう。
本作で見られる仕掛けは、犯人が用いるトリックよりは、事件の見せ方という、ある種メタ的な趣向が感じられところが見所で、その點本作は凌徹氏のミステリに對する筋の良さを十分に堪能出來る傑作といえるでしょう。
平易な文体と、何処か淡々としながらも計算された文体と構成は非常に洗練された雰圍氣を感じさせ、すでに一級品の風格を感じさせます。本作を讀んだだけでも氏の潛在力は相當なものに違いなく、自分としては長編も大いに期待してしまうんですけど、やはり今後も評論の方に力點をおいて活動されていくんですかねえ。非常にもったいない氣がしますよ。
で、話かわってこの「MYSTERY」なんですけど、「推理導師――艾勒里昆恩」という謎熊氏の文章が掲載されておりまして、この中で日本と台湾におけるクイーンの影響について述べているところも見所のひとつ。クイーンの技巧と手法に早くから着目していた作家として夏樹静子や鮎川御大を紹介するとともに、新本格以降の作家から法月、北村、二階堂、山口雅也の四氏のほか、「日本のクイーン」有栖川氏の名前を挙げています。因みに台湾のクイーン系の作家として名前が挙げられているのは林斯諺氏。
ここから台湾における日本のミステリの浸透度が見えてくるような氣がするんですよ。興味を惹いたのは、やはりここに石持氏や氷川センセの名前がないことでありまして、石持氏の作品はすでに翻訳はなされているものの台湾のミステリファンの認知度はまだまだ、といったところなんでしょうかねえ。
日本のクイーン系作家として自分が大推薦したいのはやはり、ネチネチロジックの迷宮ぶりが素晴らしい恍惚をもたらす氷川センセでありまして、これはもう、もうひとつ中文版のブログをたちあげて日本のミステリを紹介していかないといけないかなア、なんて感じてしまったのでありました。とりあえずキワモノは拔きでごく真面目に(爆)。
氷川センセ以外にも自分がリコメンドしたい作家はまだまだありまして、例えばクイーン嫌いとはいえ奇想に凝らした伏線の張り方がクイーン以上、という奇想系の藤岡氏とか、島田御大系の谺氏とか柄刀氏とか、日本が世界に誇れるべき作家はまだまだいると思うんですよ。音樂と同樣、ミステリ作品も叉リアルタイムで世界に流通していくべきだと自分は感じているんですけど、こういう意見はやはり少數派なんでしょうねえ。吉田達也氏や大友良英氏が羨ましい。
という譯で、凌徹氏の新作と、日本のミステリの現在がどれだけ台湾に浸透しているのかを知ることが出來た謎熊氏の文章だけで大滿足の一册、しかし台湾ミステリの作家の短篇が掲載されていなければ、次號を手に入れるかどうかは微妙、ですかねえ。