デジャ・ヴュ來襲。
「古本屋で中町信の本を集めよう」シリーズ第九回である今回は、定番の意味深プロローグにこれまた中町ミステリではお馴染みの脱力ダイイングメッセージがタマらない味を出している「津和野の殺人者」を取り上げてみたいと思います。
正直、こうも中町センセの作品を讀みつづけていると、どれがどれだったか分からなくなってしまうというのが困りもので、例えば本作のプロローグは例によって犯人と思しき人物が病室でひとり事件当時の回想を行う場面から始まるのですけど、二三行の傍点を距てて綴られるこのモノローグに仕掛けがあるのは、中町ミステリに慣れ親しんだマニアであればすでにご存じの筈。
しかし本作の場合、第一部の「事件」で語られる物語というのが、どうにも激しい既視感を喚起させる内容でありまして、一ヶ月前、萩津和野巡りの旅行のさい主人公の弟が泊まっていた旅館が出火、建物は全焼してツアー客の大半は近くの病院に運ばれたというのですけど、その入院先の病院で参加者の一人が転落死を遂げる、……って「宿泊先の旅館」、「入院」、「転落死」というアイテムはその扱いこそ異なれど、前回取り上げた「榛名湖殺人事件」と同じじゃないですか。
もっともあちらは悪徳商法に入れ込んだ姉貴が「宿泊先の旅館」で「転落死」、そして主人公が「入院」しているところを襲われる譯ですから全然話が違うといえば違うんですけど、ノッケから激しい既視感に襲われて戸惑っていると、今度は何だかこの転落死事件の背後にある何かを知っていたと思しき主人公の弟が電車の中で殺されてしまうという、「事件の真相にたどり着いた人間は即死」という中町ミステリの法則が見事に發動。主人公は弟が殺されたことをきっかけにこの連續殺人事件の謎解きに奔走することになるのだが、……という話。
本作は大きく第二部に分かれておりまして、山前氏の解説によれば、第一部の「事件」を讀みおえたところで犯人が分かるというんですけど、中町ミステリの場合、事件の眞相にたどり着けば即死、容疑者にリストアップされればこれまた即死と、とにかく問題編が終了してもジャカスカ人が死にまくるものですから気が抜けません。
本作でもこの構成は健在で、第二部の「解明」に至って一番アヤしそうだった人物が殺されて事件は再び振りだしに戻ってしまいます。列車内での殺人などアリバイトリックにも趣向を凝らした工夫が見られるものの、本作のキモはやはり中町センセが一番のこだわりを見せるダイイングメッセージ。今回は特にその意味付けの無理矢理感がいつになくハジけているところが秀逸です。
まずこの主人公の弟が奇妙な数字を唱えて亡くなったところから、この数字の意味するところはというのを探っていくんですけど、この殺された弟と事前に打ち合わせでもしておいたのか、次の殺人事件が發生するとこの被害者も同様に奇妙なダイイングメッセージを残して御臨終、しかし最初のメッセージの解釈に微妙なフックを効かせて次の仕掛けへと繋げているところが素晴らしい。
この通りダイイングメッセージやアリバイにこだわった作風でありながら、タイトルにもある通り本作は旅情ミステリでもありますから、作者はここにもしっかりと旅氣分を盛り上げるアイテムで殺人現場を飾り付けることにも拔かりはなく、それがこの第三の殺人現場に置かれていたという萩焼の壷。
被害者は手近にあった分福茶釜の貯金箱をこの萩壷に叩きつけて息絶えていたというところから、この萩壷に何か意味があると主人公は確信、中町ミステリの探偵らしいこじつけぶりを発揮して死に際の伝言を意味を探っていきます。
貯金箱から飛び出した硬貨を被害者が握りしめていて、その金額が弟の残したダイイングメッセージと一致していたという偶然に天啓を得た女探偵の活躍振りも勿論見所なんですけど、個人的にはこの後に飛び出したトンデモな推理がいい。
被害者が本當に傳えたかったのはこの硬貨の金額ではなく、分福茶釜のタヌキの置物の方にあったという推理の転倒は本格ミステリでは定番ながら、このあとに續く解釈がムチャクチャ。
何しろこのタヌキの置物は、被害者が以前群馬の館林に旅行したおり、分福茶釜伝説に縁のあるお寺で手に入れたというみやげものでありますから、タイトルにある津和野とは全く關係がありません。ここで置物そのものに意味があるのではなくて、被害者はこのタヌキに意味を込めていたのだと確信、
「貯金箱を二つに割ることに、いったいどんな意味があるの」
「雄のタヌキを手に握ろうとしたからよ」
「雄のタヌキ……」
「タヌキによく似た顔の男を、笹村さんは犯人だと伝えようとしたのよ」
「タヌキに似た男……」
そう言いかけたとき、有子の眼の前に、津和野の病院で言葉を交わした一人の男の顔が浮かび上がった。
それは、丸い小さな顔をし、子どものように眼のくりくりした、タヌキによく似た男の顔だった。
ちなみにこの奇天烈推理が開陳されるところの章題はマンマ「タヌキに似た男」。笑っていいのか大眞面目なのか、こんな會話をシリアスに交わしてしまう登場人物を頭にボンヤリと思い浮かべながらニヤニヤするのもマニアならではの愉しみかたでありましょう。
このあともさらに殺人は續き、犯人はちょっと意外なところから明らかにされます。しかし實をいえば本當の仕掛けはここからで、主人公が犯人にたどり着いたところでまだまだ物語は終わっておりません。で、最後にプロローグで描かれた場面が繰り返されるのですけど、今回は見事にやられてしまいましたよ。
正直中町ミステリの場合、犯人は誰だろうがどうでもよくて、この定番のプロローグでどんなふうに魅せてくれるのかにありまして、ここに作者のアレ系の仕掛けを愉しみにしている自分としては今回は結構満足出來ました。プロローグを讀みおえたあと、ここで自分なりの推理なり予想をたてておいた方が作者の仕掛けにうまく騙されると思います。
事件の真相にたどり着いた者から容疑者候補まで、とにかく立て續けにジャカスカ人が死んでいくものの、物語の展開は非常に地味、というこれまた中町ミステリではお馴染みの構成も強烈な既視感を喚起する本作、同じ講談社文庫ながら「湯煙りの密室」に比較すると、辰巳四郎の手になるジャケもそれらしい雰圍氣を出しています。「榛名湖殺人事件」のような鬱々とした展開ではないので普通に愉しめると思います。創元推理文庫の復刻版だけじゃ物足りない、という奇特なマニアであれば手に入れる價値はあるかもしれません。