操りまくりの逆転劇。
執拗などんでん返しで本格マニアからも評價も高い本作、実は未讀であったことに最近氣がつきまして、とりあえず讀んでみたんですけど、これは本格ミステリというよりは完全にキワモノではないでしょうかねえ。
白い犬を恐れる厨子家の因習を絡めて展開される物語は、本格ミステリとして見れば、厨子家の夫人が雪の上で殺されていたという單純なお話ながら、それをこれでもかッというくらいにこねくり回す強引さが素晴らしいキワモノミステリの大傑作。
物語が強引過ぎるほどに捩くれていれば、事件の舞台に揃えた配役がまた豪華で、發狂妻に硫酸をかけられた末に顔を焼かれ、以後キ印の拵えた仮面を被って隱遁生活を送っている御主人に、犬に噛まれて狂死した前妻、さらには妹萌えの仮面狂人と、誰が犯人であってもおかしくないというあたりは安吾の「不連続殺人事件」フウ、そこへ足跡や仮面といった、現場に殘されていた手懸かりを盡くこねくり回して推理をデッチあげる展開はもうマニアには堪らないところでしょう。
物語は東京の精神病院に勤務する博士のもとを、薄倖の美少女と医学士の二人が訪ねてくるところから始まります。で、この博士からして窓の外をフラフラと歩いている白い犬を目にして「厨子家の悪霊!」と獨り言を呟くわ、美少女を見かけるなり「厨子家の……聖霊!」と異樣な呻き聲をあげるという按排で、もう前半から飛ばしまくり。擧げ句に博士は來訪者の二人にとある手記を差し出して、讀んでみろ、という。
以降はこの手記の中で、件の厨子家夫人殺人事件の概要が明らかになるという趣向なんですけど、まずもってこの手記が犯人を推理した警部への挑戰状というところがミソ。
事件じたいは非常に簡單で、厨子家夫人が雪ン中に突っ伏して倒れてい、その傍らにはキ印の男がヘラヘラ笑いながら突っ立っていたというもの。この状況を見れば誰が見たってキ印がやったと信じてしまうのも無理はありません。
何しろこの青年、血まみれの短刀を手にして「ありがと、ありがと、――おかげさまで曼珠沙華を見つけましたよ――」なんて意味ありげな台詞を呟いてヘラヘラしているから、不氣味なことこのうえない。
すぐさま男は逮捕されて警察から尋問を受けるものの、何しろ相手はキ印ですから、係官が大眞面目に質問を繰り出してもノラリクラリとはぐらかしてしまいます。こんなかんじ。
「きみの名は、何というのかね?」
「わし?――わしか、わしは厨子家の悪霊である!」
「きみは、お母さんを殺したろう?短刀で――」
「ああ殺した。ころ、ころ、ころころと転がったです。ころ、ころ、ころころ――」
「年は、幾つかね?」
「年はないよ。真空状態」
「ここはどこか、知っているかい?」
「ここは、行方不明、出鱈目言ってるです。あはは」
「困った男だな――君はどこか悪いのだね。どこが悪いのか……」
「ああ悪いね、頭が悪い」
「なぜ、ここに来たのか言って御覧」
「お前言って見ろ」
急に威張りだしたかと思うと、突然踊り出して、
「ミ、ミ、ラ、シ、ド、シ、ラの花の宴、三コウ五条の夜は更けてエ、恩讐の彼方、ナイチンゲールのたあかき調べエ――すす、ぱぱ、すす、ぱぱ、すす、ぱぱ、すすぱぱ……」
しかし警部は現場に残されていた足跡からこのキ印は眞犯人ではなく、冒頭で、薄倖の美少女とともに精神科醫を訪れた医学士が犯人だとブチあげます。
しかしこの医学士犯人説も、美少女の証言でアッサリと否定されてしまい、そこから物語は厨子家の悪霊の由來と、前妻の逸話へと話を移していくのですが、十七年前の事件というのがこれまた悲慘で、前妻は狂犬に噛まれてその場で發狂、「夕顏のように美しい人が、涎をたらたら流し、狼のように咆哮し、淺ましいとも言語に絶する狂態で狂い廻ったあげく」、旦那の顔に硫酸をブッかけて、自分は井戸に飛び込み投身自殺を図ったという。
で、硫酸をかけられて一目と見られない顔になってしまった旦那は後妻を迎えるのですが、前妻と自分の間に生まれた子供はこの後妻のひどいイジメに發狂、一方硫酸旦那はこのキ印息子の拵えた仮面を被って以後屋敷の奧での引きこもり生活に突入、……と素晴らしいくらいに殺しの見立てが揃ったところで今回の殺人事件が発生、果たしてキ印男が犯人ではないとすれば眞犯人は誰なのか、という話。
現場に落ちていたキ印の仮面と足跡を手懸かりに、後半も執拗な推理とどんでん返しが延々と續くのですが、キ印男は狂人のフリをしていただけだったことが明らかになったり、さらには医学士の奸計が暴かれたりとその後の展開もハチャメチャ。
ただここまですべてがすべてひっくり返ししまうと何が何だかで、誰が犯人であっても驚けなくなってしまうというところはこのテの作風の宿命、ですかねえ。何しろ本作の場合、登場人物がおしなべて妙チキリンな連中ばかりですから、実際問題、誰が犯人であってもおかしくないんですよ。
強引などんでん返しばかりが強調されているきらいがある本作ではありますが、雪の上の足跡など本格ミステリには定番の舞台装置とともに、ある人物の操りが後半に明かされたりと、奇矯な人物や怪奇趣味溢れる中に、ミステリのテーマを巧みに活かした雰圍氣が洒落ています。
最後は眞犯人の手記が開陳されて犯行のすべてが明かされるのですけど、それと前半にネチネチと展開されたキ印の挑戰状が微妙な対比を見せ、キ印の妄想にシッカリとした意味付けがなされて物語は終わります。眞犯人についてはまあ、こんなもんかなあ、なんてかんじだったんですけど、この最後の最後に明かされる衝撃は自分的にはかなり強烈でした。
どんでん返しの技法のみに着目すれば、今では山口雅也の「解決ドミノ倒し」という傑作がある譯で、やはり本作は、この怪奇趣味と古典的な探偵小説の舞台装置に、強引過ぎるどんでん返しの連續と操りのモチーフをブチ込んだキワモノの風格を愉しむべきでしょう。
ふしぎ文学館の「怪談部屋」に収録された、作者の他の作品などに比較すればキワモノ風味は薄味乍ら、變人まみれの舞台に本格ミステリの濃厚なテイストを交えた風格はかなり個性的。ただ今だとこのキワモノ怪奇趣味が眞っ當なミステリファンを退けてしまうのではないかと、そこのところがちょっと心配、ですかねえ。