異界のロジックを日常に還元。
未讀の「仮面」に今更ながら着手しようと、まずは本作「阿弥陀」で風水火那子をおさらいする為にと本作を再讀してみました。
幻冬舍文庫の山田正紀というと、法月氏のロートレアモンリスペクトの煽り文句が凄まじかった幻想ミステリの傑作「妖鳥」や、これまた異界の密室に度肝を拔かれる「螺旋」など、重厚奇天烈な作品が竝ぶなか、本作は「エレベーターに乘った女は何処に消えたのか」という一つの謎だけで最後まで引っ張る異色作。
もっとも作者の中では風格を異にするとはいえ、エッシャーに因んだビルに屯する何処かいびつな住人の變人ぶりは完全に山田正紀テイストで、特に事件当夜に断食修業をやっていたという山師の教祖がナイス。
さらには語り手の警備員にドブネズミという愛称をいただいた吝嗇家など、普通の作家が描けばそれらしい小市民に仕上がるものが、ひとたび山田ワールドに生を享けるや、何処かねじくれた變人の個性を帶びてくるから不思議ですよ。
時折別れた妻のことをウジウジと回想する語り手の、何処か人を斜めにしか見ることの出來ないキャラもやはり普通とはいえないし、そんななか、寧ろ風變わりと形容される探偵役の火那子の方はよほど普通に見えるところが面白い。そして探偵技に天才的な冴えを見せる兄にコンプレックスを抱きながらも、精緻な論理を尽くしてこの奇妙な事件の謎解きに立ち向かう火那子の姿がいい。
事件の方は、監視カメラで見張られているなか、エレベータに乗りこんだ女性が消失してしまったというもので、ここへ彼女が男に呟いた奇妙な言葉の真意や、突然現れるミニバン、さらには廊下に落ちていた紙くずといった細々とした現象をひとつひとつ拾い挙げながら、火那子と語り手が推理を重ねていくと趣向です。
推理は時に錯綜を極め、ひとつの事實が明らかにされて再び前の論理が否定されるということを繰り返していくのですが、この假説が捨てられては新しい論理が展開されるのですが、何しろ火那子は兄と違って天才肌ではありませんからトチることもかなりあって、そこが笑える。
例えば失踪した女性が同じ建物の中にあるバーで働いていた、とかいう推理をブチあげるんですけど、だったら会社の同僚が氣がつきそうなものじゃないかなァ、なんてツッコミを入れると、彼女は自信満々に、「トップレスで胸を出していれば、男は皆、顔なんて見ないで胸ばかり見ている。だから氣がつかなかった」とかいう、トンデモなロジックを披露。
流石にこれは語り手にその場でダメ出しをされてしまうものの、そのほかにも同僚の女性からの話を根拠に、とある男性を「よほどのことがないかぎり、女はあんな男を好きにならない」と強引過ぎる論理で時にはグイグイと押しまくります。
物語は失踪女性の事件を軸にして展開されるものの、「自分探しの魂の旅」を提唱するインチキ教祖の断食トリックとか、現金輸送車から盗まれた現ナマの謎なども絡めて、推理が開陳されていく中盤以降にこういった小技を見せてくれるところなど、一点豪華主義を目指しながらも、「妖鳥」以降のテンコモリの作風を愛するキワモノマニアの要求も満たそうというサービスぶりが愉しい。
失踪女性の眞相は何処か清々しく、陰慘な殺人事件の發生をほのめかしながらも、最後にそれを退けるところが重厚長大の逆をいく本作には似合っているではないでしょうか。「妖鳥」「螺旋」と違ってあっという間に讀み終えてしまえるので、遊び心のあるバズラーながらちょっと奇妙な味の作品を所望の方におすすめしたいと思いますよ。